マーケティングは「戦いをやめる道具」である。 北の達人 木下勝寿 #サプライジングパーソン
ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXのいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。今回のゲストは、株式会社 北の達人コーポレーションの木下勝寿さんです。
木下さんは無一文で神戸から北海道へ渡り、一代で北の達人を時価総額1,000億企業にまで成長させました。3冊の著書は累計20万部を超え、『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング: Webマーケティングの成果を最大化する83の方法』は現役マーケターの必読書と注目を集めています。
ここまでの快進撃の裏で、木下さんは時代の変化、組織の変化に直面し続け、そのたびに活路を見出してきました。そこで得た、経営やマーケティングにおける鉄則を伺いました。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)
起業のきっかけは『巨人の星』だった
いいたか:
木下さんとは、3年前くらいに一度お会いしているんですよね。札幌でイベント登壇した際、共通の知人を介してごあいさつをさせていただいたのを覚えています。
木下:
直接お会いするのはその時以来ですか。Twitterで拝見しているので、久しぶりという感じはしませんね(笑)。
いいたか:
私も、Twitterや数々のメディア、書籍で木下さんを拝見しているので、同じ感覚を抱いているところです(笑)。今日は改めて、木下さんのこれまでの経歴から、今取り組んでいることなど幅広く伺えればと思っています。
まずは、木下さんがいつ頃から起業しようと思ったのか、どのような経緯で北の達人を立ち上げたのかを教えていただけますか?
木下:
起業を意識したのは小学生です。当時、私は『巨人の星』というマンガにハマっていました。この作品の主人公である星飛雄馬の家庭は、父親が元プロ野球選手にも関わらず、なぜかものすごく貧しいんです。
一方で、ライバルである花形満という人物の家庭は、親が会社の社長で裕福でした。子ども心に、「職業によってお金持ちか貧乏か決まる」と思うようになり、社長という職業を意識し始めました。
いいたか:
マンガがきっかけだったのですね。
木下:
その後、中学生の授業で「会社は自分で設立できる」と知り、それならやるしかないやろと。大学時代、友人を誘って学生起業にチャレンジしましたが、最初の1ヶ月で挫折しました。友人という関係性で指示命令系統が生まれず、事業に取り組むという温度感を作れなかったんです。
これからどうしようか悩んでいたところ、テレビで学生ベンチャー「リョーマ」と出会いました。家からも近かったので、ここで修行しようと決意したんです。
1987年から1992年まで存在した、大阪府大阪市淀川区にあったプロモーション会社。 当時、関西の現役大学生を中心としたベンチャー企業として話題になった。
リョーマには、当然のように将来起業するという想いを抱いた学生ばかりが集まっていました。実際、在学中かつリョーマに所属しながら、20歳で会社を立ち上げた人もいました。
次第に、リョーマでは「大学卒業後すぐに起業する人」と「卒業後リクルートで修行を重ねる人」とに分かれるようになりました。
私は「いきなり起業するのは無理だ」と感じ、リクルートへ入社しました。
いいたか:
なぜ、卒業してすぐに起業するのではなく、リクルートの道を選んだのでしょうか?
木下:
当時の自分は、まだ自力でビジネスを切り盛りできる人間ではないと感じたからです。それと、リクルートでコンテンツビジネスの基礎を学ぼうと思ったのも理由のひとつです。
リクルートに入社した1990年代前半は、徐々にデジタルインフラが普及し始めてきた頃です。私は、「これからの時代、情報はデジタルで流通していく」という話を聞き、今後伸びるビジネスはコンテンツビジネスか通販だと思いました。
私はコンテンツビジネスに携わりたいと思い、情報サービス産業の最大手であるリクルートの道を選びました。しかし、リクルートで5年ほど働く中で「自分はコンテンツビジネスよりも、通販が向いているかもしれない」と思うようになりました。
いいたか:
なぜそう思ったのですか?
木下:
私は映画を観るのが好きで、映像コンテンツを取り扱うビジネスをやりたいと思っていました。でも、次第に「映像を観るのは好きだけれど、作れる気がしない」と思い始め、自分のセンスは別のところにあると感じるようになったんです。
リクルートを退職後、通販ビジネスのことを勉強していくうちに、どんどん興味がわいてきて。通販もネットに置き換わっていくというタイミングだったので、「自分で会社を興して通販ビジネスをやろう」と決意したんです。
どこでビジネスをするか徹底的に調査した結果、「北海道」にチャンスがあると判断しました。ネット通販の代表格である「お取り寄せ」において日本で最も特産品の多い北海道が有利だと思ったからです。そして、アジアでの知名度・人気も高く、北海道に将来性を感じました。よって、北海道へ移住して2000年に北の達人コーポレーションを設立しました。
自分たちの存在価値を模索して「オリゴ糖」に出会った
いいたか:
創業当初は、どのような商品を取り扱っていたのですか?
木下:
カニやメロンといった、北海道の特産品を販売していました。2000年代前半のインターネットは、よくゴールドラッシュにたとえられます。手つかずのドメインがたくさんある中、とにかく「土地(ドメイン)を押さえた者勝ち」という風潮がありました。
私たちも、この時に「hokkaidou.co.jp」というドメインを取得して、ネット通販を展開していきました。
いいたか:
ものすごい時代ですね。
木下:
ゴールドラッシュは数年で終わり、ドメイン自体の価値も落ち着き始めていきました。その様子を見て、私は「マーケットの取り合いは終わった」と感じたんです。
通販をはじめとしたeコマース市場は、楽天市場とAmazonの独壇場になりました。自分たちで通販サイトを運営するよりも、楽天、amazonのプラットフォーム上で商品を展開する方が、売上は伸びやすい状態だったんです。
カニやメロンといった商品は、現地の生産者が作る。ネットでの販売は、楽天やAmazonが行う。そうなったら、自分たちの存在価値はどこにあるのか?という問題にぶつかりました。周りと同じことをしても、その先に待っているのは価格競争です。これでは自分たちの存在価値はないし、何より面白くありません。
これから、お客様にどうやって自分たちの価値を提供していくかを模索していく過程で、「オリゴ糖」に出会いました。
糖質のうち、最小単位である単糖が2個から10個程度結びついたもので、少糖とも言う。
低消化性(低エネルギー)で、整腸作用や腸内細菌を増やす作用などが知られている。
北海道には、砂糖の原料となる「テンサイ(甜菜)」という野菜があります。テンサイから砂糖を作る過程で、副産物として生成されるオリゴ糖が、すごく便通に効くという話を聞きました。
ある時、メーカー側からオリゴ糖を取り扱ってほしいと提案されたのですが、「おそらく売れないだろう」と断っていました。それでも、営業さんは「一度試してみてほしい。数日飲めば効果を実感できます」としきりに言ってくるんです。
いいたか:
健康食品で即効性をうたうというのは、かなり強気なメッセージですね。
木下:
私は疑心暗鬼でしたが、便秘で悩んでいる社員たちに飲んでもらったところ、全員が「すごいですよこれ!」と大絶賛したんです。
このエピソードを、「なぜカニを売る私たちがオリゴ糖を売るのか」というテーマで、当時のホームページにそのまま掲載しました。メールマガジンにも引用して配信したところ、注文が殺到して。販売後、お客様からたくさんの喜びの声をいただきました。
ここまで反響があるならと、オリゴ糖のような健康食品を探し始めたんですが、当時は成分表記も含有量もいい加減なものしかありませんでした。それなら自分たちで作ろうと決めて、2007年に健康美容商品の販売総合サイト「カイテキフレンドクラブ」(現在の「北の快適工房」)を立ち上げました。
それ以来、「びっくりするほど良い商品ができた時にしか発売しないこと」というルールに基づいて商品開発を続けています。最初は自社で企画してOEMに作ってもらった商品を、自分たちで試して効果を検証していました。すると、次第に社員が忖度しはじめたんです。
いいたか:
自分たちで企画した商品だから、どうしてもひいき目になってしまいますよね(笑)。
木下:
これではリピート率に影響するので、あかんなと。そこから試行錯誤して、現在は全国規模で社名・商品名・価格をすべて伏せた状態で、モニター調査を行っています。
ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング
いいたか:
北の達人は、ネット広告の配信の仕方にも長けていますよね。どのような変遷を経て、今のプロモーションのスタイルに行き着いたのかが気になります。
木下:
Google AdWords(現Google広告)を使い始めた頃から、ほとんどのキーワードを自分たちで考えています。昔はキーワードアドバイスツールなどなかったので、オリゴ糖に関してキーワードをひとつずつ調査していきました。
調査を進めていくうちに、「便秘」や「妊娠」というワードから商品を購入している人が多いと分かりました。なぜ妊娠なんやろ?と調べたところ、妊娠時はホルモンバランスの乱れで便秘になりやすいんですが、下剤は流産を誘発するリスクがあると分かったんです。
「便秘 赤ちゃん」での検索も多かったので調べたところ、帝王切開で生まれた赤ちゃんは産道を通じて母親から細菌を引き継がれず、便秘になりやすいという説を知りました。
このように、各キーワードの背景にあるニーズを調査して、それぞれのキーワードに対応したページを別途作成しました。
いいたか:
キーワードやユーザーのニーズ調査、ページ作成まですべて自社の手作業で行っていたというのがすごいですね。
木下:
そうする内に、広告代理店からリスティング広告の提案を受けることが増えていきました。ある代理店の担当者さんは「売上を3倍にします」と豪語してきたので、どうやるのか聞いたらこんな返答が返ってきたんです。
「御社は現在100ワード程度を運用していますが、弊社はキーワードアドバイスツールを用いて、300ワードを選出して広告運用します」
ツールを用いてただ抽出した300ワードが、商品について考えに考え抜いた100ワードの3倍の成果を、あげられるわけないやろうと。今でも、商品を理解していない人が広告を運用しても、結果は出ないと思っています。
こういう人は往々にして、テクニカルマーケティングの思考しか持っていません。テクニカルマーケティングは全員が取り組んでいるので、それだけでは利益は絶対でないんですよ。
クリック率や遷移率、購入率などの数値分析できるデータから顧客とのコミュニケーションを設計すること。デジタルデータを駆使して利益を1円単位で計算しながら運用していく方法である。
引用:ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング Webマーケティングの成果を最大化する83の方法 | 木下 勝寿 |本 | 通販 | Amazon
しかし、周りを見ると多くの会社が広告代理店に依存していました。それだけ、マーケティングに強い会社は少ないのだと感じましたね。
いいたか:
ロジックや方程式は、ある程度学べば全員が実践できますからね。商品の中身やユーザーの体験を言葉にするといった、ファンダメンタルズマーケティングの意識を、持っていないマーケターは多いかもしれません。
商品そのものやユーザーのペルソナ、インサイトを分析してコミュニケーションを設計すること。すなわち人間の感情をベースにしたコミュニケーションの設計方法である。
引用:ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング Webマーケティングの成果を最大化する83の方法 | 木下 勝寿 |本 | 通販 | Amazon
テクニカルの要素は今後、機械学習でほぼほぼ補われていくことになるでしょう。広告代理店が今後生き残るには、ファンダメンタルズや体験、商品の価値を言語化できるかどうかにかかっている気がします。
木下:
そもそも、インターネット以前のマーケティングはすべてファンダメンタルズマーケティングですからね。この要素と、テクニカルマーケティングの要素が結びついていない人が、意外と多い気がします。ファンダメンタルズは強いけれどテクニカルが非常に弱い、テクニカルは非常に強いけれどファンダメンタルズは苦手という感じです。
いいたか:
事業会社と広告代理店同士の競合も起きますよね。お客様のニーズや商品のことといった、ファンダメンタルズの部分は事業会社の方が詳しい。でも、広告配信といったテクニカルな部分は、広告代理店の方がうまい。ここをどう組み合わせるかが大切なのかもしれませんね。
会社の風土を劇的に変化させたKPI設定
いいたか:
木下さんは、マーケティングに関する発信をTwitterで頻繁に行っていますよね。木下さんの投稿を読むだけで、現場で働く方々や経営者のマーケティング脳がかなりブラッシュアップされる気がします。
木下:
ありがとうございます。ですが、社長がどれだけマーケティングに精通していても、社員も同様に理解しているとは限りません。1、2年前、優秀な女性メンバーが一斉に産休に入った時は、非常に苦労しました。
残されたメンバーは、いずれも彼女たちの指示の下で働いていました。私が直接教えようにも、内容が高度で理解できないという状況で。メンバー間の知識のギャップを埋めて、マーケティング感覚を浸透させるために、『ファンダメンタルズ×テクニカル マーケティング』を書いたんです。
悪戦苦闘しながらも、徐々にメンバーが成長してくれて、社内での体制が整っていきました。
いいたか:
そうだったのですね。
木下:
このタイミングで、KPIを新たに設定し直したことも功を奏しました。それまでは、例えば「上限CPO(1件の新規受注にかけられる広告費の上限額)で目標受注数はこれくらい」と目標設定していました。それに対して、メンバーが上限CPO内で獲得件数も達成したのに、シミュレーション通りの売上にならないことが度々あったんですね。
よくよく調査すると、当時はLTVを媒体全体で計測していて、媒体別のLTVを見ていなかったんです。結果、メンバーはより新規を獲得しやすいリワード広告に比重を置くようになっていました。その後、媒体別でLTVを計測して、媒体ごとの上限CPOを設定するようにしました。
そこからしばらくして、運用チームとクリエイティブチームで別々のKPIを設定するようになりました。このうち、運用チームのKPIは「上限CPO以内で月〇件集客する」と設定しました。
このKPI設定を聞いて、先の展開が予想できた読者さんもいるかもしれません。今度は「上限CPO内での集客数は達成したけれど、上限CPOを超える集客も多数出てトータルで赤字になる」という問題が発生しました。
いいたか:
一難去ってまた一難という感じですね。
木下:
この問題に対して、私たちは目標件数に対して、「上限CPO内の集客数から、上限CPOを超えた集客数を引く」というルールを設けました。
例えば上限CPOが1万円として、5万円かけて4人集客できたとします。この場合、CPOは12,500円で上限CPOを超えているので件数は「0-4=-4」です。ですが、さらに1万円投じて2人集客できればCPOが1万円になり、上限CPOが内になるので「6+0=6」となります。
このルールを設けてから、メンバーがかなり慎重に物事を考えるようになりました。「この状態ならさらにプッシュしよう」「これはやめておこう」という経験を積めるようになり、全員のマーケティング技能が飛躍的に向上したんです。
いいたか:
クリエイティブチームのKPIには、どんな工夫を凝らしたんですか?
木下:
北の達人では、LPをHLP(販売LP)とBLP(ブリッジLP)に分類しています。HLPは商品購入機能があるページで、BLPはHLPの前に表示されるページです。一般的に、お客様は商品を購入するまでに広告→BLP→HLPという手順を踏みます。
この場合、商品が受注されたとしても、広告・BLP・HLPのどれが効果的だったのか分かりません。そこで、北の達人では注文が1件発生したら、広告作成者、BLP作成者、HLP作成者の全員に、0.33ポイントずつ付与する仕組みにしています。
いいたか:
全員が評価される仕組みにしたのですね。
木下:
メンバーは基本的に、広告・BLP・HLPのどれを作っても、またどのページを遷移先に選んでも構いません。広告作成者は、CVRの高いBLPに遷移させたくなるものです。逆に、新しいBLPはまだCV実績がないので、誰も広告からの遷移先として選んではくれません。
そこで、BLP作成者は広告を自作して、自分で実績を作るんです。そこでCVRが高くなれば、「私のBLPを遷移先に選べば、ポイントが付きやすくなるよ」と社内宣伝します。
木下:
それと、大きな成果を出しているクリエイティブを参考に別のメンバーがクリエイティブ作成した場合、元の広告作成者に対しても0.3ポイント付与する制度も設けました。結果、メンバーが積極的に参考にされる優れた広告デザインやコピーを模索し始めたんです。この制度は、ぜひ皆さんも導入してみてほしいですね。
いいたか:
ゲーム感覚で競い合える制度ばかりで、とても面白いです。
木下:
KPI設定を変えてから、会社の風土は劇的に変わりました。チーム内で競争が生まれたというのもそうですが、運用チームとクリエイティブチームが協力し合うようになったんです。
「この広告、Googleですごい成果を出しているから、Yahoo!に出稿してみるのはどうか」「この広告がYahoo!で成果を出している。あの商品にも似た広告を採用してみてほしい」
こういう情報共有が、盛んに行われるようになりました。
世の中に価値を提供する。自分が得するのは最後。嘘をつかない。
いいたか:
少し話がさかのぼりますが、Amazonや楽天が台頭した際、木下さんは「自分たちの存在価値はどこにあるのか」と自問自答して、新しい道を切り開いたわけじゃないですか。
「自分たちの存在価値は何かを考える」という姿勢は、木下さんのビジネスにおける重要な信念なのでは?と感じました。
木下:
そうかもしれません。最近マーケティング界隈では、「ChatGPTで広告文の作成がすごく簡単になった!」という声をよく耳にします。世の中が便利になるのは素晴らしいことですが、それに対してあなたはどんな価値を提供できるようになったのでしょうか?
もしも「ChatGPTで広告文が簡単に作成できます」というだけなら、「じゃああなたに頼まなくていいね」で済んでしまいます。自分がその場にいることで仕事や会社、ひいては世の中が少しでもよくなっているのかを、自問自答してほしいんですよね。
こう考えるようになったきっかけは、取り込み詐欺で全財産を失ったことにあります。
いいたか:
え。そうなんですか。
木下:
30代前半の時、プロの詐欺集団に取り込み詐欺で騙されてしまったんです。やられた!と気づいた時には手遅れで、相手の会社はもぬけの殻でした。
よく「詐欺師が詐欺師になるきっかけは、自分が詐欺に遭うこと」という話があります。詐欺に遭うことで、真面目に生きることがバカバカしくなり、詐欺に走ってしまうわけです。
いいたか:
でも、木下さんは詐欺師にはならなかったわけですよね。
木下:
「詐欺師になったらあかん」と踏みとどまりました(笑)。
騙された直後はショックでしたが、気持ちが落ち着いてくると、次第に詐欺師たちが哀れな存在に思えてきたんです。犯人たちは40〜50代で、全員私よりも年上でした。いい年をした大人が、若造をだまして生活しているわけです。
家族はいるのだろうか。子どもはいるのだろうか。家族に、自分は詐欺で稼いでいると言えるのだろうか。詐欺師たちの人生は、自分が生きていくために周りを不幸にする人生でもあります。なんて悲しい生き方やと私は感じました。
私は、周りを不幸にする生き方はイヤだ、多少なりとも周りを幸せにできる生き方をしたいと思いました。それ以来、「自分が世の中に価値を生み出しているのか」を常に意識しています。
世の中に価値を生み出すという意味では、税金をどれだけ納められたかもすごく意識していますね。目の前の道を見て、「自分たちが納めた税金で、絶対道路1本くらいできているやろ」と思うと、いいことをしたって思えるじゃないですか(笑)。
いいたか:
世の中に価値を生み出すという考え方の結果、「いい商品を買える」という形でお客様も幸せにしているのでしょうね。
木下:
それともうひとつ、仕事をするうえで大切にしているルールがあります。それは「自分が得をするのは最後」です。会社を始めたばかりで金がない時から、このルールは守っています。おかげで、創業から2年間は給料なしで過ごしていました。儲かってない頃はアルバイトに給与を払うと自分の分は残りませんでした。だからアルバイトの子にお願いして、ジュースをおごってもらっていましたね(笑)。
お客様への対応も同じで、お客様に喜んでいただいて、はじめて私たちはお金を受け取れると考えて、どの商品にも「全額返金保証」を付けています。
先に相手が得をして、最後に自分が得をすると決めていると、日常的にあまりストレスが溜まらないんです。「俺がこんなに苦労してるのに、あいつだけ得しやがって」という感情がわきません。会社が大きくなって自分の収入が増えても、社員にすべて還元した上で手元に残るお金なので、後ろめたさもありません。
いいたか:
素敵な考えだと思います。ですが、口で言うほど簡単なルールではないですよね。「全額返金保証」についても、eコマースでは非常に負担の大きい制度だと思います。
木下:
精神的にストレスがないビジネスモデルを最初に組むというのが、非常に大事です。私たちは、最初から全額返金保証や解約しやすい導線を用意して、それでも成り立つビジネスモデルを設計しました。実際、どの時間帯が電話につながりやすいかを、データにしてすべて公表していますし、すべての商品をネットだけで解約できるようにしています。
解約が難しいサービス設計にするって、お客様も運営側も精神的にしんどいじゃないですか。お客様の満足が最優先されず、解約自由にしたら売上が落ちてサービスが維持できないというのであれば、そのビジネスモデルがあかんのやと思います。
簡単に解約できるビジネスは、スタートのハードルこそとても高いですが、一度軌道に乗ればその先は非常に快適です。「自分が最後に得をする」というのは、なんだかんだで一番楽な生き方だと思います。
いいたか:
経済合理性を考えると、解約の条件を厳しくする方がLTVがよくなる印象ですが、結局お客様の満足度は下がりビジネスも長続きしないと。すごく木下さんらしい、本質を突いた考え方だと思います。
木下:
それと、正直に伝えるというのも大切ですよね。私はIRでも、情報を盛らず正直な考えを伝えるようにしています。「現在のCPOとLTVはこの状態でいい結果が出ていますが、現在の売り方は今後LTVが下がる可能性があります。その場合、目標の利益に届かないかもしれません」と。
上場企業の社長というのは、株主から厳しいお叱りを受けるのが常ですが、私は先にすべて伝えているおかげで、幸い一度もそうした声を浴びたことはありません(笑)。
いいたか:
株主も、正直な情報を見た上で投資しているわけですからね。
木下:
実は今日、この後決算説明会があるんです。どの社長さんも大変だと言いますが、それは見栄を張ったり嘘をついたりしてしまうからなのかなと。正直でいることが、結局一番楽なんですよ。
いいたか:
木下さんの生き方の根底には、「社会や人にいいものを提供して社会に貢献したい」という考えがあるのだとよく分かりました。これから木下さんは、社会に対してどんなことで貢献していきたいですか?
木下:
私は「マーケティングは“戦いの道具”ではなく“戦いをなくす道具”だ」と思っています。企業がそれぞれ自社の商品を理解して、ターゲットだけに伝えようとすれば、当然すみわけが起きて競争は起きないはずだからです。
すべての企業がマーケティングスキルを高めれば、ムダな広告を打たなくなります。
ムダな広告が減れば、広告相場も下がるし世の中から「ウザい広告」がなくなります。
ウザい広告がなくなれば、メディアが使いやすくなって滞在時間が伸びます。
メディアの滞在時間が長くなれば、広告を取り扱う代理店の商売も好調になります。
今そうなっておらず、争いが起きているということは、全員がマーケティングが下手な状態だと言えるでしょう。マーケティングを正しく学び実践すれば、業界全体が元気になるんだということを、これから証明していきたいですね。
- ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
- 株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。