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ビジネスの「行き詰まりパターン」を回避して、マーケティングを正しくする。西口一希 #サプライジングパーソン

2023.06.27Premium Contents
ビジネスの「行き詰まりパターン」を回避して、マーケティングを正しくする。西口一希 #サプライジングパーソン

ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。今回のゲストは、株式会社Strategy Partners 代表取締役でM-Force株式会社 共同創業者の西口一希さんです。

P&G、ロート製薬、ロクシタンジャポン、SmartNewsと数々の企業で結果を出してきた西口さん。マーケターや経営に関する著書も多く出版し、2023年2月にはマーケター入門書『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』を発売しました。

西口さんは、本書を「マーケティングという名の樹海へ迷い込む人々のためのガイドブック」と話します。今回は関西にいる西口さんに、会社や個人がマーケティングで陥りがちな失敗の解決策を教えていただきました。

(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)

西口一希、30年の歩み

いいたか:
多くのメディアで既に語られているかもしれませんが、まずは西口さんのキャリアについて教えていただけますか?なぜP&Gに入社して、今日までマーケティングに関わるようになったのかを伺いたいです。

西口:
元々僕は、兵庫県の田舎の漁師町で生まれ育ちました。電車で1時間くらいで神戸市だったんですが、子供時代からずっと、きらびやかな神戸に住みたいと思っていたんですよね。大阪大学に進学した頃は、神戸に住むにはお金が必要なので、お金を稼ぐには商売をしよう!と思いました。

そこで始めたのが、家庭教師の派遣業です。大学の友人に声をかけて、家庭教師志望者のリストを作り、お子さんがいるエリアに折込チラシを配りました。今でいうABテストのように、問い合わせ率の高いエリアを見つけては、地域新聞に広告を入れて、チラシも集中させていきました。

チラシから電話がかかると、秘書代行センターを介して僕の留守番電話に転送されます。学校が終わると架電して、ニーズを聞いて家庭教師をマッチングさせていました。家庭教師の時給の20%が、僕の報酬でした。

初月から儲かっていたのですが、手間がどんどん増えていって、その先が見えず、経営の勉強をした方がいいなと考えて、関西で就職しようと考えました。

いいたか:
上京したいとは思っていなかったんですね。

西口:
ひとりっ子なので親の面倒もあるし、関西から出る気はありませんでした。意外と古風な考え方の持ち主なんですよ(笑)。実は今も、東京に住んでいるイメージを持たれていますが、関西を拠点に活動しています。

就職先の候補はいくつもありましたが、大学の先輩からP&Gという会社があると教えてもらいました。学生を招いた懇親会に足を運んだのですが、ものすごくキラキラした大人ばかりで、かっこよかったですね。

この時、P&Gはちょうど神戸に本社を作る発表をしたタイミングでした。しかも、宣伝本部(後のマーケティング本部)に所属すれば、海外で働くか神戸で働くかの二択しかなく、本人の意思が尊重されると聞いたんです。

神戸に住むには、ここしかない!と思ったのはいいものの、僕にマーケティングの知識なんてありません。勉強する時間もないので、家庭教師の派遣業時代の企画書や財務資料やチラシや広告などの資料をすべて見せて説明したら、入社することができました。

いいたか:
それが、西口さんがマーケティングに携わる最初のきっかけになったのですね。

西口:
僕はもともと、P&Gを5年程度で辞めるつもりでした。外資系らしくUp or out(昇進するか退職するか)の文化だと聞いていたので。5年間頑張って、ブランドマネージャーまで昇進して経営者のスキルを身につけたら、転職しようと思っていました。

そんな簡単に、経営者のスキルなど身に付かず、結局、16年もいることになりましたが(笑)。

僕の同期には、ファミリーマートの足立光さんや日本コカ・コーラのCMOだった和佐高志さんがいました。ピカピカの人たちがいる中で、比較的、僕は派手な失敗をしました。それでも、マーケティングディレクターまで昇進させて頂いたり、日本と韓国で初の営業のマーケティングとなるショッパーマーケティングの導入責任者になったりと、いろいろな経験をさせてもらいました。

出世のスピードも早くもなければ遅くもないという感じで、マーケティングとか英語とか、そもそも、自分ができないことに一生懸命チャレンジしていたら、16年が経っていました。

いいたか:
それだけ長くP&Gに在籍して、なぜ転職したのですか?

西口:
UP or Outの決断に迫られたんです。優秀な若手が突き上げてくる中で、ずっと居座り続けるわけにはいかず、海外に出て成功を目指すか、退職かを選ばなくてはいけなくなりました。その時ありがたいことに、いくつかの海外企業とロート製薬から声がかかっていたんです。僕は神戸にいたいという気持ちが強かったので、ロート製薬を選びました。

いいたか:
地元愛で次の道を選んだのですか?

西口:
理由は他にもあります。ロート製薬は医薬品を中心に扱っていて、事業も順調に成長していたんですが、その理由が分かりませんでした。P&Gの成功パターンに、ロート製薬が全く当てはまらなかったんです。

この謎を解明できれば、自分がなぜP&Gで派手な失敗をしたのかが分かる気がしました。要は、好奇心がわいて転職したわけです。

そこで分かったのは、ロート製薬は0→1(ゼロイチ)のビジネスモデルに近いということでした。P&Gのビジネスモデルやマーケティングは、ある程度成功している商品を、大規模な投資で導入して販売するかに長けているので、0→1ではありません。

他の成功事例を参考にしつつ、どうやって10→100や100→1,000にするかに注力しているモデルです。大規模な投資での既存品の育成に関しては、今でもP&Gが最強のマーケティングモデルだと思います。

一方、ロート製薬は新商品開発にものすごく力を入れています。既存の市場や店舗の棚を見て、「どこに入り込む余地があるか」を考えて、自社開発やOEMでゼロから商品を作っていきます。

いいたか:
P&Gのロジックとは、大きく異なるビジネスモデルだったんですね。

西口:
ロート製薬には8年いました。執行役員マーケティング本部長として、商品企画やダイレクトマーケティング、メディア、広告、店舗でのカウンセリングコスメ、製品情報など、あらゆる部門のリーダーも兼務させてもらいました。

P&Gモデルとは違う、スタートアップに近いモデルを経験させてもらって、すごく楽しかったです。

いいたか:
その後、2015年にロクシタン代表取締役社長に就任したのですよね。

西口:
40代で元気がある時に社長になって「経営の全責任を負う」という経験をしたいなと。そうじゃないと、僕は“枯れてしまう”と思ったんです(笑)。

ロクシタンは、いわゆる再生案件でした。利益率や組織内に多くの問題を抱えていたのを、なんとか2年かけて数字目標をすべて達成しました。後継者問題や人事、買収案件なども落ち着いて、同時並行で支援していたSmartNewsに主軸を変えて、2017年に日米マーケティング担当執行役員となりました。

いいたか:
デジタル領域に移ったのには理由があるのですか?

西口:
この頃は、SNSやデジタルマーケティングが大きく注目されていました。広告代理店さんと仕事をしていたものの、正直分からないことが多かったんです。わかったふりをしていました。なので、デジタルマーケティングの運用も含めて手を動かして勉強したかったんです。だから、SmartNewsで学べると思ったんですよね。

結果、2年で日米累計5,000万ダウンロードを突破して、上場前の時価総額も1,000億を超えるところまで成長しました。この間も、コンサルティングや投資支援、プライベートエクイティファンドのアドバイザーなどをしていました。

そして、このタイミングで※9segs®を提言しました。

9segs®
自社・競合ブランドの顧客を「9つの顧客セグメント」に分解し、セグメントごとの購入心理や購入行動データを分析するメソッド。 自社・競合ブランドの顧客分布や、それぞれの顧客セグメントの特徴、顧客セグメント間の差を可視化することができる。

マーケティングというと、フィリップ・コトラーの提唱した※STP分析が代表的です。STP分析は、マーケットの現状や仮説を整理するにはいいですが、分析としては競合も同じことができるので、本質的な差別化になりにくいです。

STP分析
効果的に市場を開拓するためのマーケティング手法。マーケティングの目的である、自社が誰に対してどのような価値を提供するのかを明確にするための要素、「セグメンテーション」「ターゲティング」「ポジショニング」の3つの頭文字をとっている。

この理論を、競合が簡単には模倣できず、より実務的に使える概念に落とし込んだのが9segs®です。

いいたか:
「なぜ成功しているのか分からない」と飛び込んだロート製薬での経験が、9segs®を生むきっかけになったのですね。

西口:
9segs®における「セグメント1.積極的ロイヤル顧客」は、高頻度で商品を購入してくれて、次回以降も強い購入意思を持つお客様を指します。このお客様がどれだけ多いかが、LTVの最大化につながります。

ロイヤル顧客と、次回以降の購入を検討していない離脱寸前の顧客と、それぞれのインサイトを抽出して戦略を練ればうまくいくことが、ロート時代で分かりました。逆に、この考え方を無視した時はたいてい失敗するというのは、ロクシタンでもSmartNewsでも同じでした。

9segs®はとても便利ですが、計算が非常に面倒です。それを自動化するために立ち上げたのがM-Forceです。僕はStrategy Partnersの代表を務めつつ、自社からの出資やコンテンツのチェックなどで関わっています。

ここまでが、僕の30数年の大きな流れですね。

好奇心と失敗を重ね、50業種以上を熟知するに至った

いいたか:
すべてのキャリアを通じて、引き際がとても潔いですよね。

西口:
僕の中心にあるのは好奇心です。55歳になってようやく分かってきたんですが、僕は興味を持った事象の構造やメカニズムを解明するまではすごく頑張るんですが、分かっちゃうとちょっと飽きちゃうんです。

同じことや同じ分野を何度も繰り返すのが苦手で、次の新しい事象を探し始めます。今日までどうやってキャリアを歩んできたのか聞かれたら、「理解できないものが分かるまで取り組んでいたら、ここまで来た」というのが、答えになるのかなと。

いいたか:
ここまでのキャリアを聞いていると、好奇心が今の西口さんを形成しているというのは、すごく納得感があります。

西口:
僕は今、合計28社の投資先と定期的にミーティングしてサポートしています。基本的に1業種1社で、BtoBからアプリ開発、巨大なグローバル事業とバラバラです。これまでの支援先も含めると、最低でも50業種は経験してきたと思います。

ニュースアプリも、化粧品も、薬も、車も、部品メーカーも、ひと通り経験しました。僕が自慢できることがあるとしたら、好奇心に従っていろいろな領域に関わった結果、雑多にさまざまなことを知っているということです。

いいたか:
新しい領域に挑戦するのに、痛みや恐怖心はないんですか?

西口:
20代30代で、失敗からの痛みは誰にも負けないくらい経験しました。胃潰瘍や大腸潰瘍にもなったし、メンタルも何度壊れかけたことか…。同じ人生を他の方に勧める気にはなりません。今はあくまで結果論であって、改めて振り返ると、同じ人生をもう一度歩むのはごめんです(笑)。

樹海に迷い込む人々のガイドブックとして誕生した新著

いいたか:
西口さんは2月に、新著『マーケティングを学んだけれど、どう使えばいいかわからない人へ』(日本実業出版社)を出版しましたね。このタイミングで、いわゆるマーケターの入門書といえるような本を世に出したのは、なぜでしょうか?

西口:
僕にとって、本書は最初に読んでいただきたい本という位置づけです。読む順序としては、黄色の本(本書)→※赤い本→青い本と捉えています。オレンジのマンガは、赤い本の派生として誕生しました。赤い本を書いた時に「分からない」という感想がたくさんあったので、マンガで伝えようと考えたんです。

・赤の本『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(翔泳社)
・青の本『企業の「成長の壁」を突破する改革 顧客起点の経営』(日経BP)
・オレンジのマンガ『マンガでわかる 新しいマーケティング 一人の顧客分析からアイデアをつくる方法 』(PHP研究所)

西口:
ですが、出版社さんからは「これでも分からない読者さんは多い」と言われました。僕は、読者の皆さんの分からないことの中身が知りたくなったんです。そこで、マーケティングをまったく知らない編集さんに何度もレクチャーをして、質問と回答、改訂を繰り返して本を書きました。

徐々に「分からない」の全体像が見えてきてからは、今度は僕の周囲でマーケティングを知らない方々にも質問して、1年半かけて内容を磨き上げました。大学生の娘にも読んでもらって、何が分からないかを教えてもらいました。

僕からすると、これからマーケティングの世界に飛び込む人は、半袖短パンの軽装で樹海に入ろうとしているように見えるんです。それではあまりに危険なので、皆さんにせめて地図とコンパスをお渡しするようなイメージで、本書を書きました。

いいたか:
「みんなは何が分からないのだろう」という好奇心が、本書を書くきっかけになっているのですね。

西口:
本書は「新入社員に配る」という目的で、数十〜数百部単位でオーダーが入っていると聞いています。そうやって使われているのはありがたいです。

僕も本書をきっかけに、学生さんやマーケティング領域とは関係ない方々の話を聞くことができました。同時に、マーケティング以前に「ビジネスとは何か」への理解が進んでいないということも分かりました。今後は時間をかけて、頭の中にある全ての「マーケティング」だけでなく「ビジネスとは何か」「経営とは何か」を体系的にまとめて、何らかの形で発表したいなと思っています。

道具を振り回す前に考える時間を作ろう

いいたか:
マーケティングの話題では、どうしても手法だけが独り歩きしていることが多いなと感じるんです。「WHO(誰に)」「WHAT(何を)」が忘れられがちで、「HOW(どうやって)」の話題ばかりになるなと。

なぜみんな、HOWの部分だけ頑張ってしまうのか、西口さんはどう考えていますか?

西口:
明らかな理由として、HOWはすぐ実行できて、「やっている感」を得られるというのがあると思います。

人間は、道具があれば使いたくなる生き物です。極端な事例ですが、バットを渡されたら野球のルールを知らなくても、バットの握り方がデタラメでも、とりあえずバットを振り回したくなるじゃないですか。カナヅチを渡されたら何かを叩きたくなるし、釘を渡されたらどこかに刺したくなる。ノコギリを渡されたら、何かを切ってみたくなると思います。

マーケティングに限らず、仕事全般においてもっとも重要なのは、価値あるサービスを生み出して継続的に利益を生み出すビジネスモデルの構想を考えることです。しかし、この「構想を練る」時間では何もしていないので、焦りを覚える人が多いです。それならば、とりあえず行動している方が、やっている感を得られます。

いいたか:
すごく分かります…。

西口:
この「やっている感」が、仕事の大きな問題です。実行に時間を使うと妙な満足感を味わえますが、振り返るとその時間で価値を生み出していません。行動に走る前に、自分の仕事で誰がお金を払ってくれているのか、なぜお金を払ってくれるのか分かるまで、何もしない時間を設けたほうがいいと思います。

僕は毎朝、起きてから1時間はスマホやパソコンを触らず、ぼーっとする時間を作っているんです。スマホやパソコンを開かず、今日は何をやろうか、次は何をやろうか、今後何をすればいいのかを30分でも考えると、WHO・WHATが見えてくると思います。

いいたか:
その時間の過ごし方はいいですね。

西口:
脳が作業に左右されていない状況を、もっと作るべきです。

飲んでいる時やお風呂に入っている時、スポーツとか釣りとかをしている時とかに、人は「ひらめいた!」となるじゃないですか(笑)。僕はこうした時間を大事にしていて、何か思いついたら自分にメッセージメモを送るようにしています。

いいたか:
私はランニングが好きなんですが、ここでいろいろ思いついたことを、スマホのメモに残しています。それ以外のことでは、スマホを使わないようにしています。音楽も流さないことがほとんどです。

家に帰ってお風呂に入ったりゆっくりしたりしている時に、メモを見ながら考えをめぐらせて、内容を整理して優先順位をつけています。

事業を理解するための「正しい調査・分析」のすすめ

いいたか:
広告代理店の場合、クライアントがある程度WHOとWHATを決めた状態で、HOWの部分で依頼を受けるケースが一般的です。こうした場合、WHOとWHATをもう一度見直した方がいいと思いますか?

西口:
僕も広告代理店さんとチームを組んで、クライアントワークをすることが何度もあります。そこで分かったのは、ほとんどのケースでクライアントの提示するお題は間違っているということです。

僕自身、過去に間違ったブリーフィングで広告代理店さんを何度も困らせたことがあるので、よく分かるんです(笑)。広告代理店さんとの仕事でうまくいかない原因の9割は、クライアントの要件定義にあります。

特に、WHOとWHATの粒度が荒いというのが、よくあるケースだと思います。
代理店さんも、それに気づいていることが非常に多いはずです。

それでも案件を進めざるを得ないのは、ふたつ要因があるかなと考えています。

ひとつは、「代理店はHOWが仕事だ」と教えられている場合。
もうひとつは、「WHO・WHATからやりたいけれど、リソースや時間の余裕がない」という場合です。

クライアントサイドに優秀なCMOがジョインすると、要件定義がガラリと変わりこの問題が解決することがあります。有名なマーケターが事業会社に行ってうまくいったケースは、これがほとんどの要因だと思います。

いいたか:
広告代理店が、要件定義からクライアントへ提案するのに、いい方法はありますか?

西口:
僕がおすすめしているのは、9segs®で量的調査をするという方法です。調査結果を見せればクライアント自身が答えに行き着くと思うので、ぜひM-Forceを試してもらえればなと(笑)。

これは手前味噌すぎますが、広告代理店側が積極的に顧客の調査をするのは有効ですよね。広告代理店の方々は、実験でもいいので自主調査による提案を試してみてほしいです。それによる成約率や継続率が、通常の提案時とどのような差がでるか調べてみてください。まあM-Forceの9segs分析を使っていただくのが一番良いですが(笑)。

要件定義がおかしいケースは、「調査を行っていない」「調査方法が間違っている」「調査を担当した会社の力量が低い」のいずれかだと言えます。

特に後半2つに関してですが、日本の調査の設計能力、分析能力は非常に弱いです。調査会社であったとしても、母集団が間違っていたり、質問設計がおかしかったりします。

典型的なのは、テレビCMの認知度調査です。ほとんどの会社が行っている調査では、事前にCM映像を2回流してから、「このCMを知っていますか?」という質問を投げかけます。この時点で、ものすごいバイアスがかかっているんです。

いいたか:
直前にCMを見ているので、「知っている」と答える人がかなり増えそうですね。

西口:
新商品やサービスのコンセプトを提示して、消費者がどう反応するのかを調べるコンセプトテストでも、同様の問題が起きています。このテストでは、読むのに30秒〜1分以上かかるテキストを参加者に読ませることが多いです。

ですが、仮にテレビ広告であったとしても、それだけの時間を拘束できるコミュニケーションがあるのでしょうか?日本のテレビCMは15秒前後ですから、長くても15秒で読めるテキストに集約できなければ、コンセプトテストの意味がありません。

デジタル広告のコンセプトテストともなれば、数秒=1行程度のテキストまで落とし込む必要があります。ほぼ最終的な広告コピーのレベルです。

いいたか:
調査方法の課題は依然として多いのですね。

西口:
そもそも、自分のビジネスのターゲットを理解できていない事業会社も少なくありません。

BtoBでよく見られるのは、「ターゲットを広げたけれどうまくいきませんでした」というものです。エンタープライズからSMB(中小企業)に広げたものの、顧客を獲得できなかったということなんですが、その戦略が大きな間違いです。

この場合、エンタープライズの中でリテンションをかけて、横展開ができていません。トヨタ自動車で契約が取れたからといっても、トヨタ自動車グループ全体で、その商品が使われているとは限りませんから。このケースでは、セールスフォース上でもトヨタ、パナソニックと、エンタープライズをひとつの社名だけで管理していることが多いです。

BtoCでよく見られる失敗は、メインターゲットが間違っているというものです。この場合、継続的に購入しているお客様は、クライアントにとって「少数派」と捉えられています。僕は最近、この失敗事例を「飲食店の行き詰まりパターン」として説明するんです。

いいたか:
どんなパターンがあるのでしょうか?

西口:
繁盛している飲食店は、ふたつのパターンで行き詰まります。

ひとつは、とにかく新規顧客を集めて満席にするために頑張るというパターンです。店主がお客様ひとりひとりと積極的に交流するのですが、パレートの法則でいうと、今日来たお客様の8割は二度と来店しません。

2割のお客様は継続しますが、誰がその2割に該当するのか分かりません。顧客全体の2割にあたるロイヤルユーザーはどんな方々で、どんな経緯でロイヤルユーザーになったのか。それを理解して、LTVを最大化するカスタマージャーニーを描けていないんです。結果、新規顧客獲得型の商売に注力するものの、ロイヤルユーザーが育たず疲弊していきます。

もうひとつは、ロイヤルユーザーだけを大切にしようと頑張るパターンです。ロイヤルユーザーを大切にするのはいいんですが、どんなにロイヤリティが高いお客様でも、一定割合で離反します。それを補うための、新規顧客獲得やロイヤルユーザーの育成ができずに、行き詰まってしまいます。

商売を軌道に乗せるには、新規顧客獲得とロイヤルユーザー育成の、両輪が必要です。いずれかだけに偏ってしまうのが、「飲食店の死のパターン」というわけです。飲食店に限らず、BtoBでこの状態に陥っている企業も多いと思います。

僕はこれを「パレート法則の罠」とも読んでいます。どのお客様が、来年も再来年も来てくれるか分からないという状態を脱するには、演繹的にロイヤルユーザーを見つけにいかないといけません。
 
いいたか:
私は4月に、「GIFTFUL」というギフトサービスをリリースしました。リリースから現時点で、すでに数十回以上使ってくださっているお客様がいます。
この情報をもとに、西口さんがおっしゃる「新規顧客獲得とロイヤルユーザー育成の両輪」を、うまく実施していきたいですね。

西口:
ロクシタンでも、ギフト需要が大きなブレークスルーを生みました。ロクシタンの売上構成をユーザーIDベースで調査したところ、上位で売上と利益のほぼ100%を占めていたんです。一番多いお客様で、年間300万円以上を購入していました。

購入している店舗のスタッフに聞くと、ロクシタンが大好きなバレエ教室の先生だったんです。先生は自分用はもちろん、生徒さんへの毎月の誕生日プレゼントとして購入していました。

他の幹部は「これは特殊な事例」だと判断しました。グローバルでも、ギフト路線は今後やめようとしていたんです。日本だけはギフト路線に振り切ったところ、それが見事にハマりました。

お中元・お歳暮は縮小傾向にありますが、まだまだギフト市場は大きなマーケットだと思います。よければ僕も出資させてください(笑)。

いいたか:
ありがとうございます(笑)。

飯髙悠太(いいたかゆうた)
ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。
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