コルクと組むとバズらなくなる?インターネット時代のマンガ家のあり方。佐渡島庸平 #サプライジングパーソン
ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXのいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。
今回のゲストは、株式会社コルク代表取締役社長の佐渡島庸平さんです。講談社時代から、『宇宙兄弟』や『ドラゴン桜』などヒット作を手がけた編集者である佐渡島さん。コルクを起業してからも、数多くのクリエイターを発掘・育成し続けています。
情報が日々大量に生まれるインターネット社会において、トレンドを押さえたコンテンツが膨大に生み出されています。佐渡島さんによると、コルクはそうした時代の流れとは、真逆の作品作りをしているのだとか。
取材では、その言葉の真意や佐渡島さんの作品作りへの想い、電子書籍やウェブトゥーン(韓国発のフルカラー・縦スクロールのデジタルマンガ)の将来について語っていただきました。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)
編集能力を持ったベンチャー社長になりたい
いいたか:
佐渡島さんはなぜ、出版業界に身を置こうと思ったのでしょうか?
佐渡島:
そもそもは、「本以外に興味がなかった」という超シンプルな理由でした(笑)。学生時代は、大学院へ進学して英米文学の研究をしようと思っていましたからね。ただ、両親には「就職活動だけはしなさい」と言われていたので、興味のある出版社やNHK関連会社に応募したんです。すると、出版社だけは結構内定をいただいたんです。
大学の先生はもう、「出版社に内定もらった人間が大学院に行くもんじゃない!」と言ってくるんですよ(笑)。それを耳にすると、内定を手放すのがもったいなくなっちゃって、就職することにしました。
いいたか:
いわゆるマスコミ関係しか応募しなかったのですね。
佐渡島:
ただ新聞やテレビといったメディアは受けませんでした。なぜかというと、扱っているものの寿命が短いと思ったからです。新聞は1日単位の情報を扱っているし、テレビだって10年以上前のドラマタイトルを覚えていても、見返すことはない。
仮に今『101回目のプロポーズ』が話題になっても、若い世代はTVerやNetflixでドラマ全12話を見ることはおそらくないでしょう。
それに対して、出版社は『人間失格』などの名作のように、寿命が長いものを作ろうとしています。文学研究では、なぜその作品が文学として素晴らしいのかを「分析する」わけですが、出版社ではそうした作品を「作る」側に回るだけで、やることは一緒だと思いました。
いいたか:
本という、寿命が長い情報に興味を持っていたのですね。佐渡島さんが本に興味を持った原点も、ぜひお聞きしたいです。
佐渡島:
小学生の頃から本を読んで過ごしてきましたし、スポーツも大好きでした。最終的に「本って面白い」と決めたのは、社会すべてを深く理解できると思ったからです。
例えば『マネーボール』という映画化された作品は、野球に関する話でもあるし、お金に関する話です。本では○○×人間のかけ合わせで、不動産や金融など、すべてのジャンルが網羅されています。
科学者が望遠鏡を使って何かを調べるように、物語を使って社会を知りたいと、高校生あたりから思い始めました。社会と接続する方法が、僕は文学だと思ったんです。
講談社を経て、2012年株式会社コルクを創業。コルク代表。編集者。「物語の力で、一人一人の世界を変える」をミッションと
するクリエイター・エージェンシーとして、作品編集、新人作家の育成、ファンコミュニティの形成・運営などを行う。著書に
『観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか』『感情は、すぐに脳をジャックする』など。
いいたか:
面白い観点ですね。そこからなぜ、佐渡島さんはコルクを起業しようと思ったのでしょうか?出版業界に対して、問題点や課題点などを感じていたのですか?
佐渡島:
明確な問題・課題を感じていたわけではありません。出版社って、あらゆる面で素晴らしい会社なんですよ。給与も待遇もいいし、仕事も楽しい。少人数でやったことが、世界的に認められる満足感もあります。ある意味、すごく裕福な家に住みながら、社会の中で大切に育ててもらっているという感じでした(笑)。
これはありがたいことでありつつ、僕の場合は、ITによる変化を肌で感じてみたいと思ったんです。講談社で働いていた頃は、インターネットの登場で社会が大変革しようとしていました。ですが、それを感じることなく作品を作っている状態だったんです。
この状況は、「文学を通じて社会と接続したい」という、自分の想いとのずれを感じていたのも、起業のきっかけになったと思います。
ちなみに僕が大好きなのは純文学で、自宅の本棚には3,000部以上売れている本はほとんどありません。そんな自分が、講談社のようなメジャーな出版社でまともに働ける気がしませんでした(笑)。
それでも、講談社で5年10年と働くことで、出版業界で人に認められるような技術を身につけることができたんです。ゼロから何かを身につけることについて、怖がる必要はないんだなと、強く思ったんですよ。
時を同じくして、『エンゼルバンク』という就職・転職をテーマにしたマンガを担当していました。この時、DeNAやエニグモなど、当時はまだいちベンチャーだった企業の代表の方々とお会いしていたんです。
そこで「魅力的だな」と思った人の会社は、その後急激に成長していきました。逆に違和感を覚えた人は、その後の経営でとても苦労していたんです。この目利きの感覚は、作家に対して抱く想いと同じだと気づきました。
多くの経営者と出会うことで、会社とは結局人なのだという結論に至りました。経営者=完璧超人では決してなく、会社を運営していく上でのロールに過ぎない。編集者という役割を10年かけて学んできたわけだし、経営者という職業をゼロから学んでもいいかなと思いました。
ゲーム『ドラゴンクエスト』の転職では、一定までレベルを上げてから転職すると、いろいろメリットが得られるじゃないですか。それと同じで、編集能力を持ったベンチャー経営者をやりたいという気持ちになったんです。
いいたか:
すごい。本への想いから講談社での経験まで、ちゃんとすべてのストーリーがつながって起業へと至ったのですね。
「作家は原稿料をもらわないほうがいい」の真意。
いいたか:
佐渡島さんは冒頭で、本は寿命が長いコンテンツであると話していました。その点で、マンガなどのコンテンツとWeb・SNSとの相性をどう捉えていますか?
佐渡島:
インターネットに存在するものは、すぐにフィードバックがあるのでどんどん寿命が短くなっていますよね。その点では、寿命の長いコンテンツという方向を、目指している人はほぼいないと思います。
いいたか:
ほぼいないと感じています。そのモーメントの関心を集めようとしている印象です。
佐渡島:
その点では、インターネットと寿命が長いコンテンツは相性が悪いかもしれません。ですが、今後ますますインターネットが便利になる過程で、人は寿命が長いものに触れたくなると思っています。
友人関係も、飲み会でたまたまつながった友達と長年の友達のどちらか一方だけでは、息苦しいじゃないですか。二つの組み合わせが重要で、今インターネット内で寿命が長いコンテンツを生み出そうとする人がいないのなら、コルクがそこの居場所になると思っています。
とはいえ、ビジネスの大きな潮流とは違うので、会社の成長速度がゆっくりだというジレンマも抱えています。コルクが1年間で出版している単行本は、おそらく10点程度ですから。
いいたか:
出版業界では異例の少なさですよね。
※2022年の日本の書籍出版点数は68,608点
佐渡島:
ですが、発表した作品の半分以上は映像化されていて、評価も非常に高いです。例えば、平野啓一郎さんの『ある男』は映画化されて、第46回日本アカデミー賞で作品賞はじめ計8部門で最優秀賞を受賞しました。
岸田奈美さんの『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』は、NHKでドラマ化されています。ざくざくろさんの『初恋、ざらり』も、テレビ東京でドラマ化されました。岸田さんとざくさんは、ネットで発掘された新人です。
いいたか:
岸田奈美さんは、noteでのエッセイが大きな反響を呼んでいますね。
佐渡島:
こうした作家たちにコルクが関わることで、作品の寿命が伸びています。岸田さんのエッセイのように、公開から何年間もかけて読まれるような現象が、noteで起こるとは想像されていなかったんじゃないでしょうか。
そういった寿命の長い作品作りができているという自負はあります。それが、現代のインターネットの稼ぎ方とは結びついていません。全体として、50点の出来かなというのが会社への自己評価です。
いいたか:
インターネットの世界では、シャローなコンテンツがあふれています。コルク社がそこに入り込みディープさを生み出すことで、他の場所に展開されて作品の寿命を変えているのだと感じました。
気になるのは、コルク社がどうやってディープさを作り出して、作家を育てているのかという点です。例えばどうやって、作品に付加価値を付けていくのでしょうか?
佐渡島:
僕たちが作品に付加価値を作るというよりも、扱っているテーマが普遍的かどうかが重要です。例えば岸田さんの場合、家族というシンプルで普遍的なテーマが題材であり、家族から離れたものは書かないほうがいいと提案しています。
今の時代、多くの人が「今話題のもの」をテーマに選んでしまいがちです。どうしても、SNSで作品を発表していると、バズりたくなるものですから。そして、前の作品よりもっとバズりたいと思うと、人はちょっと話を盛りたがるんです。
そうした原稿があがってくると、作家に「本当にそう思ったの?」「あなたが見聞きしたものは本当にそう?」と語りかけます。決して、バズるためのアドバイスはしません。むしろバズらなくてもいい原稿があがってくると、作家を称賛します。
だから作家たちは、コルクと一緒に作品づくりを始めるとバズらなくなるんです(笑)。なぜなら、コンテンツをすぐお金に変えて稼ごうと考えていないから。お金にならないものを、いいと思える人は少ない。だから、作品はバズらないというわけです。
作家たちには、この状況を楽しみながら作品を作りきれる精神状態になろうと伝えています。その状態になるまで、コルクはずっと一緒に寄り添って、何年も話し合っていきます。
創作自体が楽しくて作品づくりが続くようになると、今度は安定して人気も出てきます。そこで僕たちも、「よっしゃ!あとはコルクが君を金持ちにしてやる」という気持ちになるんです。
いいたか:
電子書籍の世界では、最初の1話2話で人気が出なければ打ち切りになるケースも珍しくありません。そうした世界とコルク社のやっていることは、見事に正反対ですね。
佐渡島:
そういうビジネスのあり方も、僕はいいと思います。すぐお金に変えようとするのなら、「作品でありながら商品」としてのコンテンツを作らないといけませんから。
僕は作家に、「出版社から原稿料をもらわないほうがいい」と話します。原稿料を渡すとは、出版社が作家に投資するということです。投資した以上、資金は回収しないといけません。結果、儲からない=人気が出なければ打ち切られてしまいます。
その点、SNSで発表すれば100話連載することも可能です。作品を100話蓄積できた状態で、出版社に売り込めばいい。その間のエージェントフィーはもらいません。2年でも3年でも、一緒にずっと付き合います。
また、原稿料をもらうとは、前例あるものを書いてほしい、すぐに当たりそうなテーマを書いてほしいと同義です。新しい作品を手がけたいのなら、原稿料をもらわずに書こうと提案するのは、こうした背景もあります。
いいたか:
作家は原稿料をもらって書くものという、従来の商習慣からはかけ離れた話ですね。
佐渡島:
超一流の作家は、この建前を理解し実践できます。その途上である作家について、どうやって生計を立てつつ作品を描き続けていくかの仕組みを、現在構築中です。
いいたか:
「創作自体を楽しむ」というのは、作家活動の本質なのだろうと感じました。本気で創作に集中していられれば、バズろうと色気を出すこともなければ、周りの目も目に入らなくなる気がします。だからこそ、本当にいい作品を作れるのかなと感じました。
そのジャンルの第一想起を獲得する。生きたキャラクターを描く。好きの解像度を高める。
いいたか:
佐渡島さんは、作品の企画や出版でどのようなことを考えているのでしょうか?
佐渡島:
僕自身は、すべての作品は「愛」がテーマだと思っています。愛の対象が、家族や恋人、友達、あるいは社会全体に分かれていくんです。その次に、アクションやサスペンスといったジャンルが存在します。スーパーでも、野菜・肉・魚などを買うのに売り場がどこか分からないと、迷ってしまいますよね。そのラベリングとして、ジャンルが必要なのかなと。
さらに、作品と社会の接点も重視します。例えば『ドラゴン桜』は教育で、『宇宙兄弟』は宇宙でした。『宇宙兄弟』を企画しようとしていた時は、宇宙産業はかなり成熟していて、有人から無人に切り替わるタイミングだと聞いていました。
しかし、堀江貴文さんに宇宙産業の実態を聞くと、「今の宇宙産業はインターネット黎明期に似ている」と話してくださったんです。世間が言う「宇宙産業は成熟した」とは、あくまで国家主導による研究についての意見で、これからさまざまな民間企業が、衛生産業などから宇宙産業に乗り出していくと知ったんです。
新連載を企画する時、その作品が取り扱うテーマの第一想起を獲得できて、テーマとする産業も今後成長していくかも重視しています。
いいたか:
『宇宙兄弟』はまさに、その観点で合致したテーマだったのですね。
佐渡島:
その他にも、『ドラゴン桜』は今もなお、教育現場で取り上げられることが多いです。『インベスターZ』は投資のジャンルで、第一想起を獲得できています。
今構想している企画は、コーヒーをテーマとした作品です。コーヒー豆は基本的に、「ブラジル産の豆」「エチオピア産の豆」など、国単位で認識されています。ワインのように、農園単位で語られることは少ない。これだけコーヒー好きがいるのに、解像度が低い状態なんですよ。
それが最近では、インドネシアのコーヒー農園を購入するベンチャー起業家などが現れ始めています。ゆくゆくは、「週に一回、1杯5,000円のコーヒーを楽しむ人」が現れるかもしれません。そうなれば、ワインを扱うマンガの金字塔である『神の雫』の、コーヒー版がいけるかもしれないと考えるわけです。
日本酒も、最近は40〜50代の若い杜氏が、新しい製法で日本酒を世界へ届けようとしています。日本酒をテーマにしたマンガは、『夏子の酒』以来アップデートされていません。ここもまた、第一想起を狙えるジャンルだと思います。
他にも気になっているのは、コーチングの領域です。アメリカでは心理カウンセリングやコーチングを受けたり、メンターがいたりする文化が当たり前です。日本でも徐々に、1on1やコーチングを受ける人が増えてきましたが、一昔前はメンタルケアは精神科に行かないといけませんでした。そうなると、社会人のメンタルケアに焦点を当てた医療マンガも、将来性が高いと思うんですよね。
今後も社会に残り続けながら大きくなる事業は何か。作品がヒットした時、その産業の顔になれるのか。こうした視点で企画をたくさん考え、作家との相性に合わせて提案していきます。
いいたか:
本で社会と接続するという、佐渡島さんならではの考え方ですね。「書籍は寿命が長いのがいい」という考えにも、ちゃんとつながっていると感じます。作家が作り上げてきた作品と向き合う際、重視しているポイントはありますか?
佐渡島:
マンガにおいては、キャラクターが生きているかどうかが全てだと思っています。ある程度実力が身につくと、自分が生きているキャラクターを描けているかが、確実に分かっています。面白いことに、キャラクターの履歴書や経歴を事細かに設定したとしても、キャラクターが生き生きしないこともよくあります。
だからこそ、生きているキャラクターが描けていると、創作がものすごく楽しいですよ。自分の子どものような存在に対して、「この子の人生にケリをつけてあげないと」という責任感も生まれます。
いいたか:
魅力的なキャラクターを描くには、やはり好きなことをテーマにするのが大事なのでしょうか。
佐渡島:
そうですね。ただ作家として未熟だと、自分の選んだテーマが大して好きではないということが起こり得ます。
例えば、子どもに「好きな食べ物は何?」と聞くと、カレーやハンバーグなどと答えるじゃないですか。しかし、子どもたちが本当に好きな食べ物は、それではないかもしれません。むしろ、「その食べ物しか知らない」という状態に近い。
重要なのは、解像度が高いものを描くことです。たくさんの人が嫌いだとしても、嫌いの種類が非常に多種多様なこともあります。その解像度を高めた先に、非常にユニークな嫉妬の感情が見つかることもあるんです。どんなテーマでも、解像度を高めると面白くなっていくものですから。
そうやって、自分なりの解像度が高いものをテーマにするのが作家です。世間が好きなものを無理やり好きになろうとして、大雑把な解像度で「このテーマが好き」と思ってしまっていることは結構起こります。ですが、その好きでは勝てません。
マニアファンに強く支持されるジャンルが人気な電子書籍・ウェブトゥーンの世界
いいたか:
電子書籍と紙の本とで、ヒットする作品の要素に違いはありますか?
佐渡島:
あります。そもそも、電子書籍は紙の本よりも、「読み捨てる」感じが強い気がします。Kindleなど一部のアプリには本棚機能がありますが、本棚としての役割は弱く、後々読み返さないケースが多いです。
いいたか:
確かに、暇つぶしの手段の一つになっているという感じはあります。
佐渡島:
面白いですよね。本来はデジタルの方が情報の保管に優れているのに、紙よりも保管期間が短くて、人の心に残らない感じがあって。だからこそ、電子書籍は欲望に根差した作品が売れやすいです。グロテスクで不倫やいじめといったテーマで、嫉妬や怒りといったダークサイドの感情がすごく多い。
あと、電子書籍はマニアの産業になっていると感じています。例えば今、VTuberの売り上げってすごいじゃないですか。VTuber一人当たりのファンは、多くても5万人程度です。その5万人が熱烈にVTuberたちを応援しているわけですが、外の人たちはその存在を知りもしない。
今までのコンテンツは、5,000万人が知っていてうち100万人が課金するという構図でした。現在は、5万人が知っていて3万人が課金するというコンテンツがすごく増えています。電子書籍の世界でも、例えばウェブトゥーンでは「転生モノの作品はすべて読む」という、マニアファンがいるジャンルがすごく強い傾向にあります。
いいたか:
電子書籍は消費されるコンテンツであり、よりマニア的でもあると。
佐渡島:
例えば、中国・韓国発の作品には、すごくファンタジーが多いです。なぜかというと、会議室で作れるから。これから成長する産業をテーマに作品を作るなら、絶対に取材が必要です。しかし、中国の出版社などに話を聞くと、取材の方法が分からないと言います。「どこで何をどう取材すればいいのか」と、相談を受けることもあるんです。
日本の編集者は、作家の代わりに取材をして情報を渡すのが当たり前です。そうやって、編集者を育成してきた土壌があります。講談社時代の『宇宙兄弟』の取材では、わざわざヒューストンに行った時もあります。この時は、野口聡一さんが一日かけてNASAを案内してくださいました。
作者の小山宙哉さんが新人であることも一切気にせず、「あなたのようなマンガ家が作品を描いてくれることで、僕たちの仕事もやりやすくなります。ぜひ頑張ってください」と言ってくださいました。
いいたか:
素敵なエピソードですね。とはいえ、そうした第一人者への取材は、出版社である講談社だからこそできる気がします。そうした実績と取材力がないマンガスタジオは、会議室で作れる作品を多く企画することになるのですね。
ちなみに、ウェブトゥーンは今後どうなっていくと思いますか?
佐渡島:
ウェブトゥーン云々ではなく、読みやすい媒体にすべて置き換わると考えています。ウェブトゥーンで読み慣れると、見開きマンガがとても読みづらくなるんです。YouTubeショートやTikTokなど、短尺動画に慣れるとYouTubeに戻れなくなる現象と同じです。
この「スマホ対応の不可逆さ」というのは、想像以上に大きな影響力を持っていると思います。ただ日本では、40代〜50代がまだまだ見開きマンガに親しんでいるので、ウェブトゥーンがそこまで盛り上がっていないと見ています。
それは言葉を変えると、この世代が読めるに値するウェブトゥーンが、まだ出てきていないとも言えます。ウェブトゥーンは暇つぶしのコンテンツと今は認識されていますが、あのフォーマットで名作が生まれる余地は、十分あります。
それと、ウェブトゥーンは話の難易度がアニメや映画に近い。難易度としては、「小説>見開きマンガ>アニメ=映画=ウェブトゥーン」という位置づけでしょうか。そのため、ウェブトゥーンは映像化してもイメージが変わりません。この点も、ウェブトゥーンが広まりやすい要因と言えます。
マンガ家という職業を滑らかに目指せる道を作る
いいたか:
ここまでの話を聞いていると、マニアを喜ばせるための商品としてのマンガ作りと、社会を分析して描写したいという欲望としてのマンガ作りは、根本的に異なる気がします。
佐渡島:
おっしゃる通りです。コルクの作品の作り方は、ビジネス的にはお呼びではない感じがあります(笑)。こうした社会の変化にどう耐えつつ、自分たちのあり方を保つかが課題です。活路として考えているのが、広告マンガの存在です。
いいたか:
先ほど話していた、「マンガ家が生計を立てつつ作品を書いていくための仕組み」ですね。
佐渡島:
これまでずっと、「出版社から原稿料をもらわずにSNSでマンガを発表した方がいい」と言い続けてきました。とはいえ、マンガ家たちにも生活があります。そこで、自分のマンガが描けるようになるまでの手段として広告マンガで経験を積み、生計を立てていきながら、SNSマンガを描くのはどうかと考えました。
広告の世界では、テキスト広告やディスプレイ広告など、さまざまな手法があります。コンテンツの見せ方の一つとして、マンガを用いるのはありだと思うんです。
いいたか:
動画で訴求できなかったユーザーに対し、マンガでストーリーメイキングして伝え直すなど、マンガを手法として持っておくことは非常に有効だと思います。それ以外で、今後佐渡島さんはどんなことに取り組んでいきたいですか?
佐渡島:
今と変わらず、ヒット作を作っていきたいですね。今、「情報は無料で手に入れられる方がいい」という考えのもと、マンガを描くための知識や技術をYouTubeで無料提供しています。それとは別に、ある種ライザップ的に体系化された知識・技術を学べて、コミュニティの力でマンガ家への道を目指す学校「コルクラボマンガ専科」を運営しています。
ここでの学びを習慣化したことを生かして、副業としてマンガが描ける場所を用意する。その先に、マンガ家としての職業が始まるという、滑らかな道を作るのが、コルクがやろうとしていることです。
いいたか:
本業・副業さまざまな方法を通じて、佐渡島さんはマンガ家をもっと増やしていきたいのですね。
- ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
- 株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。