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観光DXですべての人々が快適に過ごせる観光地を増やす。 JTB 矢吹伸幸✕佐藤佑弥

2024.08.07Premium Contents
観光DXですべての人々が快適に過ごせる観光地を増やす。 JTB 矢吹伸幸✕佐藤佑弥

「地元で感じたガッカリな想いをひとつでも減らし、快適に過ごせる観光地を増やしたいです」

株式会社JTB エリアソリューション事業部にて観光DXを担当する、矢吹氏と佐藤氏。二人はデジタルソリューション領域にて、その地域を愛するファンの創出や地域の課題解決に取り組みます。

その活動を支えるさまざまなサービスやその魅力、JTBが目指す観光の新しい姿について、神津洋幸(GMO NIKKO ストラテジックプランナー)が伺いました。

(執筆:サトートモロー 進行・編集:神津洋幸)

デジタルソリューション領域で地域の課題を解決

神津:
はじめに、エリアソリューション事業部が普段どのような業務に携わっているのかを教えていただけますか?

矢吹:
エリアソリューション事業部は2021年に立ち上げられましたが、JTBはそれ以前より全国47都道府県に支店を持ち、地域の課題解決により、人流・物流・商流を創造する交流創造事業を営んできました。そして、コロナ禍をきっかけにデジタル化の波が押し寄せるなか、JTBも地域の課題解決のためにデジタルソリューション領域に乗り出すべきだと考えたのです

エリアソリューション事業部は、三つの領域にて事業を展開しています。
● 観光DX事業
● 観光地整備・運営支援事業
● エリア開発事業

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「観光DX事業」では、観光事業者様や地域の方々に対して、デジタルソリューションを提供し地域の課題解決と持続可能な観光地経営を支援します。

「観光地整備・運営支援事業」は、『るるぶ』などを発行するJTBパブリッシングや旅館運営を支援するJTB商事など、グループ会社と協力して、観光地や宿泊事業者等の施設様向けの運営支援を行う事業です。
そして「エリア開発事業」では、地域にJTB自ら関わり、地域の価値向上に貢献する事業の開発をおこないます。具体例としては、沖縄北部のエリア開発が挙げられます。

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ここでは、大規模集客施設への参画、エアポートシャトルバス・周遊バスの運営、宿泊施設の開発・運営、デジタルプラットフォームの運営などをおこなっています。

そうして、沖縄北部というエリアをひとつのテーマパークのように見立て、コンテンツを開発・整備しその価値を高め、地域の持続的な発展に寄与していきます

エリア開発事業は地域への投資の要素も大きく、シャトルバスなどは弊社の事業として責任を負うかたちで運営しています。こうした支援を通じて、地域の方々と地域に新たな価値を共創し、旅行者の滞在時間延長や地域の活性化を目指しています。

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「地域一体」に貢献する一括管理システム「JTB BÓKUN」

神津:
沖縄での事例でも、観光DXの一環としてデジタルプラットフォームを提供していますよね。JTBが提供するデジタルソリューションについて、具体的なプロダクトとそのサービス内容を教えてください。

矢吹:
弊社が提供するサービスとして、ここでは「JTB BÓKUN」「チケットHUB®」「TourismPlatformGateway®(TPG)」の3種類について紹介したいと思います。

「JTB BÓKUN」は、旅ナカ体験事業者のデジタル化による商品流通を目的とした、予約在庫の一括管理システムです。同サービスは、トリップアドバイザー社が運営するプロダクトで、サービス自体はアイスランドで生まれました。ちなみに、「BÓKUN」はアイスランド語で「予約する」といった意味があります。
このサービス最大の特徴は、公式サイトや各種OTA(旅行ウェブサイト)など、さまざまなプラットフォームからの予約・在庫を一元管理できる「チャネルマネージャー機能」にあります。

ダイビング、カヌー、ガイドツアーなど旅先での体験アクティビティ事業者様は、お客様からの予約やキャパシティ(在庫)を確認し、各サイトにそれぞれ入力しなければなりません。「JTB BÓKUN」があれば、その手間を大きく効率化できます。

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また、「JTB BÓKUN」にはマーケットプレイス機能があり、近隣の事業者間でおたがいの商品を相互販売することもでき、在庫も一元管理できます。同機能により同じ地域の事業者同士が販売し合うことによって、地域全体で活性化を目指せます。

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神津:
予約・在庫状況を一括管理できるのは非常に便利ですね。

矢吹:
例えば三重県の海女小屋の事業者様ですが、施設で海女さんたちの話を聞きながら、手焼きによる魚介を堪能できるコースがあります「JTB BÓKUN」でインバウンド向けサイトを構築した結果、昨年、数千名の利用者が訪れました。海外のお客様からも使いやすい予約システムで受付もスムーズに行え、業務の効率化と予約の増加に繋がりました。同じ地域の別の体験事業者でも、海女小屋事業者様の事例を参考にして、同様の期間に多くの人々が事業者がアクティビティに参加しました。

また、徳島県の(一社)そらの郷DMO(観光地域づくり法人)様では、地域の事業者様が「JTB BÓKUN」を活用し、地域オリジナルの体験コンテンツをまとめて販売しています
導入事例(地域連携DMOそらの郷様)│JTB BÓKUN (jtbbokun.jp)

北海道函館市の温泉街・函館湯の川温泉旅館協同組合では、地域の宿泊施設様が連携して宿泊施設が運営する体験コンテンツを提供する「ゆのぶら」という体験予約サイトを運営しています。
ゆのぶら|函館湯の川温泉・体験型アクティビティ (yunobura.com)

「JTB BÓKUN」の導入は地域の連携を促進し、それが認知拡大、地域活性化、業務効率化といったさまざまなメリットを生み出しているのです

神津:
徳島と湯の川温泉の取り組みは非常に素晴らしいと思いました。弊社も地方自治体の皆さまとお仕事することがあるのですが、そこでたびたび「滞在時間を延ばすのが大変」という声を耳にします

その地域にひとつ有名な観光コンテンツがあったとしても、それを見て日帰りしてしまう観光客も多く、地域全体が盛り上がるには至らないそうです。

その点、「JTB BÓKUN」を活用している事業者は、体験コンテンツを地域全体で広く発信していこうとされています。DXにより、情報発信自体は格段にやりやすくなりました。その恩恵を最大限に発揮することで、地域全体の活性化に貢献している気がします。

矢吹:
「JTB BÓKUN」は事業者様が単体でご利用いただいても十分に便利ですが、地域全体で活用いただくことで、本領を発揮するソリューションです。このサービスを利用する事業者様の輪を広げることで、JTBはグループ全体が目指す「地域一体」を実現したいと考えています

地域の周遊を支えオーバーツーリズムにも対応可能な「チケットHUB®」

神津:
「JTB BÓKUN」によって、その地域の周遊を仕組み化しやすくなりそうですね。

矢吹:
それでいうと、今回ご紹介する「チケットHUB®」がまさに地域の周遊を支える機能を持つサービスです。「チケットHUB®」を用いることで、簡単に周遊券を作成できます。

石川県金沢市では「文化の森おでかけパス」という、金沢城や兼六園をはじめとした、兼六園周辺文化の森エリアにおける16の文化施設等に入場出来る共通券を発行しました。チケットに付与されたQRコードがあれば、何カ所でも施設を巡ることができるという仕組みです。

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神津:
事業者様の要望に合わせて、各観光地を回れる周遊券を作成できるのが「チケットHUB®」なのですね。

矢吹:
極端な話、100カ所分の施設の共通券をつくることもできます(笑)。

「チケットHUB®」で作成した共通券はオンライン購入もできるのですが、最大の特徴は利用者様の行動データを取得できる点にあります

旅行中に観光案内所で購入したのか、コンビニで購入したのか、OTAで購入したのか。各施設をどのような順番で巡ったのか。どのような年齢層で、どこから訪問したのか。こうした情報をすべてチェックできます。

例えば、金沢市では大半の観光客がまず兼六園に訪れます。では、兼六園でどのようなプロモーションを実施すれば、次の施設を訪問する人を増やせるでしょうか?

こうした観光地の周遊に関するプロモーションは、これまで現地の方々の“経験と勘”に頼らざるを得ませんでした。しかし「チケットHUB®」を活用することにより、利用者様の属性に応じて企画しやすくなったのです

神津:
観光DXにより、業務効率化に加えてデータドリブンなマーケティングを可能としたのですね。

矢吹:
現地でのプロモーションだけでなく、どの地域からどの年代の観光客が訪問しているのかによって、各地域でのプロモーション施策も立てやすくなります。

逆に、データから「シニア世代にもっと来てほしい」となった場合、新たな施策を打つという考え方も展開しやすくなるでしょう。データから見出される事実を介して、関係者間で共通言語を作ることができるというのが、「チケットHUB®」の強みだと思います

矢吹:
また、「チケットHUB」は近年問題視されているオーバーツーリズムにも対応しています

神津:
どういうことでしょうか?

矢吹:
「チケットHUB®」には「日時指定機能」があります。これにより、週末やGW、夏休みといった混雑期でのチケット販売を完全予約制にして、人流をコントロールできるのです。

代表的な例として、熊本県小国町にある鍋ヶ滝という観光スポットがあります。ここはかつて、有名なタレントが出演したお茶のCMのロケ地として話題となり、休日には多数の駐車待ちが出る観光公害が発生していました。

「チケットHUB®」によりこの渋滞は解消されました。取り組みが評価され、「世界の持続可能な観光地TOP100選2022」にも選ばれています

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地域環境保全 観光資源の魅力最大化~入場をコントロール~ | サービス事例 | グッドフェローズJTBコーポレートサイト (gfjtb.co.jp)

神津:
新たな周遊を生み出すだけではなく、地域の課題や悩み解決にも貢献しているのですね。

観光MaaSで国内外の観光客の旅を快適に

神津:
もうひとつのサービスである「TPG」はどういうものですか?

矢吹:
「Tourism Platform Gateway®」、通称「TPG」を弊社は「観光MaaS(Mobility as a Service)」と呼んでいます。交通事業者様と連携して、旅行者の方々がスマホひとつで快適に移動・体験をシームレスに楽しめることを目指したサービスです

東武鉄道株式会社様と開発した「NIKKO MaaS(日光マース)」は、東武鉄道様が交通事業者の役割を担い、我々は観光事業者様を束ねるかたちで実現しました。
https://www.tobu-maas.jp/lp/nikko-maas

このサイトでは、利用者様はひとつのサービスのなかで、シームレスに鉄道のチケットを購入でき、体験アクティビティを予約できます。

神津:
旅ナカでの移動や体験を、このサービスですべて購入・予約できるのですね。「NIKKO MaaS」はどのようにして、旅行者の方々に知ってもらうのですか?

矢吹:
東武鉄道様の車両にチラシを置いたり、SEO対策などで認知獲得を目指しています。とはいえ、こうした取り組みというのはすぐに認知が広まるわけではありません。私たちが何より重視しているのは、実際にサービスを使ってくださった利用者様に、「これ便利だよ」とLINEやSNSなどで発信されることです

神津:
中長期的な目線で、ユーザー体験の向上からの認知拡大を目指しているのですね。

矢吹:
ユーザー体験の向上としては、サービス内の商品の充実などに加えて、エンタメ的な要素なども盛り込んでいます。大阪観光局様と開発した「Discover OSAKA JAPAN」では、「ハローキティ」のキャラクターを起用した、XR体験などを提供しています。
国内観光客だけでなく、インバウンドの観光客に向けて、アプリ自体を楽しめるような工夫を施しつつ、アプリ内でお得な周遊チケット「大阪楽遊パス」を販売しています。
https://osaka-info.jp/discover-osaka/

神津:
「Discover OSAKA JAPAN」は、移動と観光のうち「観光」に特化したMaaSなのですね。

地域共創基盤®の開発で蓄積されるデータを資産に

神津:
ここまでに紹介いただいたサービスを通じて、JTBが目指そうとしている観光DXのあり方について教えてください。

佐藤:
「チケットHUB®」「JTB BÓKUN」「TPG®」などのサービスによって得られるデータは、単なる記録ではなく資源として活用できる。これこそが、観光DXが目指すものであると私たちは考えています。

そのデータを資源として貯める場所として、私達はDMP(データ管理プラットフォーム)の整備を通じての地域共創基盤®の開発を進めているのです。プラットフォームの整備・活用には、株式会社セールスフォース・ジャパン様の力をお借りしています。

DMPにデータを集約することで、データ活用の可能性は大きく広がります。例えば、観光客に再訪していただくためのお知らせを適切なタイミングで送るといった、One to Oneマーケティングに活用可能です。利用サイトのトラッキングデータを、物販などに活用することもできるでしょう。

最近では、長野県松本市で子育て支援サービスの提供や温泉地の回数券の発行など、自治体のサービスの拡充でもDMPが活用されていると聞いています。

かつて、各地方自治体の取り組みは「〇〇課が実施したA事業」「▢▢課が実施したB事業」など、個別に事業が展開されて情報が一元化されてきませんでした。これらのデータを統合し、顧客単位で管理できる仕組みを構築することが、今後の地域活性化には必要なのです

それが実現されれば、観光客はもちろん、宿泊施設や地域の皆さまにとっても嬉しいサービスが展開される、三方よしの持続可能な好循環モデルが実現するのだと思います。

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神津:
自治体やDMOにCRMを導入できるということなのですね。この仕組みを活かせば、その地域に思い入れがある方々に向けて、ふるさと納税やお取り寄せECの案内もできるなと感じました。

佐藤:
そのような旅アトのアプローチにも、今後力を入れていきたいですね。

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観光地での「ガッカリ感」をひとつでも減らしたい

神津:
エリアソリューション事業部の皆さまは、今後もさまざまなサービスを展開していくのだと思います。今後どのような領域に事業を拡大させていきたいのか、展望を教えてください。

佐藤:
私は生成AIを活用して、お客様の利便性をさらに向上させるサービスを開発していきたいです。現在私は、政府主導による生成AIの適切な利活用に向けた実証実験に参加しています。その知見を活かし、地域共創基盤®をもとにしたレコメンド機能を追加したいなと。

例えば、お酒好きなお客様に「あなたにおすすめの場所はこちらです」と、AIが案内してくれるのです。今秋のリリースに向けて、急ピッチで準備を進めています。

矢吹:
私は沖縄北部の事例のように、エリア全体をひとつのテーマパークと見立てて、スマホひとつですべての体験を堪能できる場所を増やしていきたいです

観光地に着いたら、スマホが近隣でキャンペーンをしているお店をおすすめしてくれて、スキマ時間ができたら近い場所でアクティビティがあると教えてくれる。旅館のなかもさまざまなサービスが提供され、快適な一日を過ごせる場所を増やしていきたいです。

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神津:
旅先では、自分ひとりであれこれと調べつつ目的地を決めるのが大変ですからね。テーマパークのようなエリアが生まれれば、すぐその場所のファンになってしまいそうです。

矢吹:
私は、福島県出身なのですが、地元のとある観光名所のお城でとても残念な出来事に遭遇しました。

その日は施設に入場するために長蛇の列ができていたのです。チケットを購入するために最後尾に並び、列が徐々に動いていきました。すると、列の途中で「入場券はオンライン購入可能」であり、今並んでいるのは「オフラインで入場券購入の列」であることを知らせる看板があったのです。

あわてて私は、お城の公式サイトからオンラインでチケットを購入しました。今回のようなすれ違いは、最後尾の看板にオンライン購入を促すQRコードを貼っておけば防げたはずです。最後尾からは、先ほどの看板が見えませんでした。

こうした出来事が重なると、観光客はその地域のファンになってくれません。地元で感じたガッカリな想いをひとつでも減らし、快適に過ごせる観光地を増やす。それが、この事業にかける私の想いです。

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神津 洋幸(こうづ ひろゆき)
ライター:神津 洋幸(こうづ ひろゆき)
ストラテジックプランナー、リサーチャー。Webプロモーションの戦略立案、Web広告効果の分析・オプティマイズ、各種リサーチなどを担当。前職はマーケティングリサーチ会社にて主に広告効果の調査・分析・研究業務に従事。2004年より現職。
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