日本人に愛されるホテルを作る。『クリエイティブジャンプ』で、そこでしか得られない価値を届ける 龍崎翔子 #サプライジングパーソン
ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」 を運営する株式会社GiftXのいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。
今回のゲストは、ホテルプロデューサーの龍崎翔子さんです。
2015年に北海道・富良野でペンション運営を開始して以来、「HOTEL SHE,」「香林居」「HOTEL CAFUNE」など、数々の宿泊施設の開発・経営を手がけてきた龍崎さん。ホテル予約プラットフォーム「CHILLNN」は1,000以上の事業者が利用するなど、ホテル×クリエイティブ×テックの領域で独自の事業を展開しています。
そんな龍崎さんは、2024年3月に著書『クリエイティブジャンプ 世界を3ミリ面白くする仕事術』を出版。過去の経験で培ってきたナレッジがまとめられた本書をもとに、彼女のクリエイティブの源泉を掘り下げていきました。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真 対談聞き手:GMO NIKKO株式会社 ストラテジックプランナー 神津洋幸)
『クリエイティブジャンプ』のベンチマークは『もしドラ』だった
いいたか:
龍崎さんが『クリエイティブジャンプ』を出版することになったきっかけを教えていただけますか?
龍崎:
最初のきっかけは、文筆家の塩谷舞さんの出版イベントに参加したことでした。そこで紹介していただいた編集者さんから、『GENIC』でコラム連載をしている私に「エッセイを出さないか」と誘われたんです。
でも正直、私はエッセイよりも仕事のことについて書きたいと思っていました。その想いを汲んでいただいて、ビジネス書を出版することに方向転換したんです。
私は本を通じて、自分の思考回路や体系的なメソッドを、再現性のある形で世の中に伝えたいと考えました。
これまで自分の仕事を伝えるたびに、多くの人々から「あなたはセンスがいいからできたんでしょう」「クリエイティブだからできたんでしょう」と言われてきました。この言葉を聞くたび、もどかしい想いを感じてきたんです。
私が最初に宿泊業を始めたのは、北海道・富良野のペンションです。このときの客室は少年漫画「ワンピース」柄の壁紙を貼っていたりと、決してハイセンスではありませんでした。
それでも、大きな資本やリソースを持つ事業者がひしめくホテル業界の中で、従来のマーケットでの戦い方を変えたことで道を切り開いてきた結果、今の自分があると思っています。
いいたか:
クリエイティブな仕事は属人的だと思われがちですが、そこにはその人なりの「型」があるのだと思っています。本書では、龍崎さんの型が非常に噛み砕いて書いてあるという印象でした。
ビジネス書ではあまり目にしない「ディグる」といった言葉も出ていて、龍崎さんの人柄も感じられるのがよかったです。
龍崎:
ありがとうございます。実は『クリエイティブジャンプ』は、『※もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら(もしドラ)』をベンチマークにしているんです。
岩崎夏海氏著。マネージャーの仕事のため、ドラッカーの『マネジメント』を誤って買ってしまった敏腕マネージャーが、野球部の仲間たちと甲子園を目指して奮闘する青春小説。通称「もしドラ」。
本書の執筆では、情報をどのように伝えるか非常に悩みました。単にナレッジを伝えようにも、私が書きたいことはクリエイティブの第一線を走る人にとって「当たり前の知識」だと思われてしまいます。かといって、あまりに通向けの話をしてもクリエイティブのすそ野を広げることはできません。
私はこれまで、プロジェクトベースで断続的な仕事ではなく、ひとつの会社がさまざまな壁にぶつかり、それを乗り越えるという継続的な実体験からナレッジを培ってきました。その体験を余すことなく伝えるために、ナレッジの要素と人生譚の要素をかけ合わせた本を作ろうと思ったんです 。
クリエイティブになじみのない人々にも、幅広くクリエイティブなナレッジを伝えられるように。成熟したビジネスパーソンの方々にも、何かしらの学びを得られるように。そして、小説・ドキュメンタリーとして学生さんにも楽しんでもらえるように。
それぞれのレイヤーに合わせてフックを作ろうと試行錯誤を重ねた結果、『クリエイティブジャンプ』が生まれました。
いいたか:
小説としても楽しめて、ビジネスのさまざまなエッセンスを学べる。なるほど確かに『もしドラ』と同じ構成ですね。
龍崎:
幅広い層に対するフックを作ろうと欲張りすぎたせいで、執筆はものすごく大変になりましたけどね(笑)。
言語化したことを転用する―余白にどんな付加価値をつけるか
神津:
『クリエイティブジャンプ』には、興味深いキーワードがいくつもありました。そのなかで、私がもっとも好きな言葉が「閃きとは、時間差で訪れたかつての自分自身の思考の進化系である」です。
おそらく、龍崎さんは日頃からさまざまな思考を重ねていて、それがある瞬間「閃き」として表に現れるのだと思います。こうした閃きを得るために、普段から大切にしていることはありますか?
龍崎:
自分の思考を言語化するというのは、とても大事にしています。特にコラム連載は、自分の漠然とした感覚を構造化して、言葉にして人に伝わる形にするというトレーニングになっています。
言語化をすると、言葉にしたことを転用できるようになるんです。
私はまだ泊まったことがないんですが、北海道美瑛町にある、とある宿では、そこにはメルヘンチックな建物が点在していて、スタッフさんが村の住人のようにコテージへ訪れ、食事を運んでくれるんです。
その話を聞いた私たちは、この構造をどのように応用しようかを考えました。
例えば、北海道にある「層雲峡(そううんきょう)」という峡谷で、私たちは当時「HOTEL KUMOI」というホテルを経営していました(現在は休業中)。このホテルであれば、食事をする場所を変えるというプランはどうかと考えました。
具体的には、食事とセットで層雲峡駅から乗れる日本最北のロープウェイの券をお渡しします。そして、ロープウェイで標高1,300mの黒岳の5合目まで上っていただき、そこで食事を楽しんでもらうんです。
いいたか:
食事における「何を食べるのか」という体験だけでなく、食事を取り巻く体験をコーディネートするという方法を考えたのですね。
龍崎:
「HOTEL KUMOI」では他にも、宿泊前のオンライン問診と当日の対面問診をして、お客様の体調に合わせた漢方を処方しつつ、食事を楽しんでいただく食養生のプランも提供しました。
自分が「これいいな」と思った体験がなぜよかったのかを分析して、抽象化して転用できるようにする。それをおこなう過程で、言語化を大切にしています。
いいたか:
宿泊体験では利便性やタイパを意識しがちですが、食事の前後の体験など、「余白」にどのような付加価値をつけるのかを意識しているのですね。
龍崎:
そうですね。あと、転用できる要素を探すときにはあまりホテル業界を参考にしていません。他の業界のうまくいっている事例や、自分が等身大の消費者として訴求されて行動に移した事例をもとに、それをどう自分のビジネスに持ち込むかを大切にしています。
いくつかある業界のなかでも、アパレル業界からは多くのインスピレーションをもらっています。アパレル業界って、毎シーズン必ずキービジュアルやコンセプトが展開されるじゃないですか。ホテルにはそうしたものがなくて、どうしても機能性ばかり注目されてしまいます。
そこで、「HOTEL SHE, OSAKA」を開業するときには工事中の空間にベッドを持ち込んで、モデルのるうこさんを起用したイメージビジュアルを撮影しました 。
このビジュアルを目にした同世代の方々は、「このホテルは自分たちのためのホテルだ」と受け取ってくださったようで、たくさんのご予約をいただきました。
龍崎:
このイメージビジュアルを考えていたときは、SNSで周りの女性たちが興味のあるコンテンツを毎日チェックしたり、ファッションプレスやファッションスナップのTwitterアカウント研究していました。そこから、「こういうコンテンツが伸びるんや!」という法則性を自分なりに見出していったんです。
このときは、ホテルはいかに直接予約していただくかが重要なので、お客様がUGCを生み出してリファラルでホテルの魅力が広まっていく仕組みづくりも研究していました。そこで、ホテルの全客室にレコードプレーヤーを設置したり、ピッツェリアを併設したりしたんです。
リアルなナラティブを生み出す体験づくり。目垢がつかないようにするためのPR戦略
神津:
『クリエイティブジャンプ』の「誘い文句をデザインする」という章で、龍崎さんはUGCの重要性について触れていましたね。私もある宿泊施設のお客様を担当したとき、お客様がSNSで施設について投稿してくれるようにするための企画立案をしていたことがあります。
そこで大きな壁となったのが、「UGCにつながる魅力=コンテンツがない」という場合です。龍崎さんは、このような状況にどう対処しますか?
龍崎:
私は、コンテンツ側から設計しないとPRはうまくいかないと思っています。もしもそうした施設様と一緒に仕事をするのであれば、人に伝えやすいコンテンツを実装したほうがいいと提案するでしょう。
加えて、近年はSNSでの発信にあまり重点を置いていません。XもInstagramも、まとめ系アカウントの増加とともにオーガニックな体験をつぶやく人が減った気がするんです。そこに「発信してね」と声をかけても、ますます発信しなくなってしまいます。
それよりも、飲み会やお茶の場で「そういえばね」と話題になるような、リアルなナラティブを生み出す体験=コンテンツをつくることを大切にしたいなと 。そのためには、自分がどれだけ消費者としてリアルな感覚を持ち続けていられるかが大事だと思っています。
神津:
SNSでの発信はあまり意識していないと。本書ではさらに一歩踏み込んで、「知られたくない人に知られないようにする」といった、お客様からのSNS発信をコントロールしているとも書いてありました。具体的に何をするのですか?
龍崎:
すごく意識しているのは、情報の棲み分けです。例えば、ある施設様を支援したとき、炎上のリスクを避けるためにXでの情報発信は一切おこないませんでした。その代わり、Instagramでは積極的に広告を展開して、お客様の目に届くようにしたんです。
神津:
媒体をしっかり選別しているのですね。
龍崎:
あと、私は友人から教えてもらった「目垢(めあか)がつく」という考え方をとても大事にしています。目垢がつくというのは、多くの人の目につくという意味合いだと思ってください。
ホテル界隈では、よく「〇〇県のおすすめホテル10選」といったコンテンツが出回っています。こうしたコンテンツは、画像は無断転載のケースがほとんどです。しかも、一番いい部屋の写真が一番安い部屋の値段と合わせて紹介されて、「コスパ最強!」といったうたい文句が付けられています。
このような形で、何度もSNSユーザーの目に留まることは、決してホテルにとっていいことではありません。金沢市で運営している「香林居(こうりんきょ)」の場合、こうしたコンテンツを見つけ次第、削除するように連絡しています。
それくらい、お客様とどう出会うかを私は大切にしたいんです。
家から遠いことがむしろ滞在価値を高めるしかけ作り
神津:
龍崎さんは、『クリエイティブジャンプ』で「アセットの再定義」の重要性にも触れていますよね。私は地方自治体さんと一緒に仕事をするときもあるのですが、そのたびに悩むのが「距離の壁を超えるアセットの再定義」です。
例えば、北海道には食や自然など、あふれるほどの観光資源があります。しかし、場所によっては東京から何時間もかかってしまいます。こうした負担に対して、どのような魅力を地方は再定義して提供すべきだと思いますか?
龍崎:
もっとも大切なのは、「滞在時間を長くすること」ではないでしょうか。都市部と距離が離れている以上、1泊2泊のために片道数時間をかけるのは大変です。しかし、これが「1週間滞在する」となれば、移動時間に対するイメージは大きく変わる気がしませんか?
保育園留学も、この考え方に似ていると思います。
いいたか:
保育園留学?
龍崎:
株式会社キッチハイクさんが提供しているプログラムで、北海道の保育園に家族で1〜2週間滞在するんです。都会に住むご家族の多くは、「子どもに田舎体験をさせてあげたい」と考えています。
そんなニーズを抱えている人々にとって、「自宅から遠く離れていること」がむしろ滞在価値を高めることにつながっているのではないでしょうか 。
その場所に行くことで得られる体験を、最低限のリソースでどう生み出すか。私たちもこの点に注力しつつ活動しています。
日本の人々・街に愛される場所を作りたい
神津:
最近はオーバーツーリズムなどが問題視されていますが、龍崎さんはホテル経営で外国人観光客などの宿泊を伸ばすことは意識していますか?
龍崎:
私たちはあまり意識していません。むしろ私たちは、日本国内の人々に愛される場所をつくることが、その街に根ざして事業を営むのに大事なことだと思っています 。
オーバーツーリズムは確かに重大な問題ですが、エリアは一部地域に限定されています。日本には独自の文化がたくさんあるのに、知られていないこと・場所がまだまだたくさんあります。私たちは、それらをうまく編集して、日本人に再発見してもらえるように世の中に伝えていきたい。それができるホテルをもっとたくさん作っていこうと思っています。
あと、ホテル業は観光業に依存しすぎている気がするんですよね 。ホテルと観光はイコールではない。そんな想いから、私たちはこれまで「産後ケアリゾート」や「泊まれる演劇」など、さまざまな価値を提供してきました。
こうしたアイディアはまだたくさんあります。観光業に依存しない、新しい宿泊業の果たせる役割をもっと見出して、世の中に実装していきたいです。
- ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
- 株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。