データより「生の情報」を求めよ。AI時代のマーケターが持つべき武器 AGRIST齋藤潤一 #サプライジングパーソン
ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXのいいたかゆうた さんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。
今回のゲストは、AGRIST株式会社代表取締役の齋藤潤一さんです。
「ビジネスで地域課題を解決する」を使命に活動を続けてきた齋藤さん。全国10ヵ所以上の地方創生プロジェクトに参画し、2017年に宮崎県新富町が立ち上げた地域商社「こゆ財団」では100億円以上の寄付金を集めることに貢献しています。
2019年には、「100年先も続く持続可能な農業を実現する」をビジョンとする農業スタートアップAGRISTを創業。AI✕農業を通じて、日本の農業を救おうと尽力しています。
多方面で活躍する齋藤さんのマーケターとしてのルーツは、シリコンバレーにありました。アメリカそして日本で培ってきた経験から、AI時代のマーケターはどう生きるべきかを伺います。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)
シリコンバレーで見つけた日本にもっとも欠けているもの
いいたか:
まずは、齋藤さんが今のように起業家として活動するようになった経緯を教えてください。
齋藤:
はじめから話すと、私は大阪生まれ奈良育ちで、一時期は長崎にも住んでいました。その後、関西大学に進学後、アメリカにわたりシリコンバレーで5年間働いています。そしてシリコンバレーでもっとも深く学んだことが、ブランディングとマーケティングだったんです。
私がアメリカにいた当時、まだApple社は株価がほぼゼロで大借金を背負っている状態でした。それが今や世界最高峰の企業に成長した要因こそ、ブランディングとマーケティングだと思っています。
同時に、日本の産業、特に農林水産業にもっとも欠けている要素こそが、ブランディングとマーケティングだとも感じました 。国際競争力を高めるためには、この2つを強化しなければいけない。そのことをシリコンバレーで痛感したんです。
アメリカでの仕事を経験し、「自分も何かチャレンジしたい」と帰国してからは、ブランディング、マーケティングを専門とした会社を東京のアパートの一室で起業しました。当時は堀江貴文さんをはじめ、IT起業家が頭角を現していた時代だったので、いくらでも仕事があると思っていました。
当然ながら、そうやって調子に乗っている人間に仕事が来るはずもありません。1つ1,500円の広告バナーを制作する仕事を、コツコツとこなす毎日を続けていました。
いいたか:
齋藤さんにもそんな時代があったんですね。
齋藤:
そうやって、商業マーケティングや商業デザインに携わり続ける毎日に疑問を持ち始めた頃、2011年に東日本大震災が起きました。その頃から、「ビジネスで地域課題を解決する」を使命に地域経済の活性化をテーマとしてプロモーションの仕事を受け始めました。
この活動は、世間的には目新しく映ったようです。 テレビ東京『ガイアの夜明け』に出演させていただいたり、日本経済新聞で「シリコンバレー流の地域づくり」という連載を書かせてもらったりしました。
そして現在に至るまで、ビジネスで地域課題を解決する活動を続けている。それが、今最も注目されている起業家のひとり、齋藤潤一の素顔です。
いいたか:
自分で言い切ってしまうのがかっこいいです(笑)。
1粒1000円ライチを定着させた「誰に売らないか」の戦略
いいたか:
そんな齋藤さんは2017年、宮崎県新富町にある「地域商社こゆ財団」の代表理事に就任しましたね。新富町の特産品を活用した国産ライチのブランド化を目指した「1粒1,000円ライチ」の取り組みは、多くのメディアでも紹介されました。
齋藤:
こゆ財団は「稼げる地域づくり」をテーマにした活動で、1粒1,000円ライチは農作物を独自にブランディングしてふるさと納税で販売するというマーケティング手法を取りました。
マーケティングにおいて、「何を売るか・誰に売るか」よりも「何を売らないか・誰に売らないか」を決めることが重要だと思っています。
多くの人々が逆に考えてあれこれ試行錯誤した結果、うまくいかないのかなと。1粒1,000円ライチも、空港のショップとふるさと納税、そしてミシュランで星を取ったレストランにしか販売しないと最初に決めました。
いいたか:
販売先・卸先をはじめから大胆に限定したのですね。
齋藤:
とはいえ、はじめからうまくいったわけではありません。トップ・オブ・トップの店舗に取り扱ってもらうというマーケティング戦略を選択して、銀座の名店に飛び込み営業などもしましたが、どこも取り扱ってくれませんでした。
そんななか、"日本の食をアートする"をテーマとした名店「カフェコムサ」のシェフが、「このライチは絶対に使ったほうがいい」と太鼓判を押してくださったんです 。その後、日本を代表するレストランにもライチを卸せるようになりました。
今では、新富町ふるさと納税の予約でほぼ完売し、TBSテレビ『マツコの知らない世界』で紹介されるまでに知名度が上がりました。宮崎県内はもちろん、福岡県糸島市や佐賀県佐賀市でもライチ栽培を始める方が増えています。
ふるさと納税も、寄付していただいた累計金額が100億円以上となりました 。人口約1万6千人の小さな町にとって、100億という数字は財政的にも大きなインパクトです。その取り組みが評価されて、国の地方創生優良事例にも選出いただきました。
いいたか:
まさに、齋藤さんがシリコンバレーで学んだブランディング、マーケティングがもたらした結果ですね。
齋藤:
こゆ財団ではもうひとつ、酎原料芋・黄金千貫(こがねせんがん)を100%使った芋焼酎「新富」も町を代表する特産として作りました。
非常に高品質な焼酎で、今年4月から宮崎県のリゾート施設「フェニックス・シーガイア・リゾート」で取り扱っていただくことになったんです。リゾート内の店舗で放送作家の小山薫堂さんがプロデュースする名店「Beef Atelier うしのみや」でも、「新富」が並ぶこととなりした。
宮崎発、1000 本限定醸造の芋焼酎「新富」がフェニックス・シーガイア・リゾート内のレストランで取り扱い開始。県外客への PR にも
シリコンバレーの有名な投資家であるピーター・ティールは、自著『ゼロ・トゥ・ワン』でビジネスではとにかく「縦軸を伸ばす」ことが重要だと言っています。焼酎もライチも、まさに一点突破で今の結果につながったのかなと思います。
高すぎる農業の参入障壁をAIで打破する
いいたか:
そんな齋藤さんが、2019年に立ち上げたのがスマート農業DXをテーマとしたAGRISTであると。そもそもなぜ、同社を設立しようと思ったのですか?
齋藤:
私たちが活動拠点とする新富町は農業の町ですが、日本の農業従事者の平均年齢は68歳と高齢化が深刻です。この課題を解決するにはロボットの力が不可欠だということで、AGRISTを立ち上げました。
現在、12社からの出資を受けて事業を続けています。また地元宮崎だけでなく、鹿児島・群馬・岩手・山梨・茨城とも連携して仕事をしています。
いいたか:
AI✕農業という文脈において、農業への参入障壁が低くなったり食料自給率が上がったりと、ポジティブな影響が期待されますが、齋藤さんはどう考えていますか?
齋藤:
私も同感です。現時点において、農業への参入障壁は非常に高いと言わざるを得ません。
その理由は気候にあります。何が一番の問題かというと、気候変動が激しすぎる事です。猛暑が続いたと思いきや、急にゲリラ豪雨に襲われたりと、天候の変化が読めないことが増えました。結果、気候に左右される農業はますます厳しい状況に立たされています。
そんな気候の変化にAIの管理で対抗して、農業への参入障壁を下げようというのが私たちが目指す未来です。この取り組みがうまくいけば、食料自給率は間違いなく上がります。
いいたか:
それは楽しみです。一方で、日本では食料廃棄の問題を解決する必要もありますよね。
齋藤:
そうですね。食料自給率が38%にとどまっている要因のひとつが食料廃棄なわけですが、その背景には「少しでも傷があったら出荷できない」という農業に関する思い込みがあります。結果、スーパーにはダイヤモンドのようにキレイな農作物ばかり並んでいるわけです。
農業の参入障壁をAIで下げるのと同時並行で、こうした農作物への印象や人々の生活習慣を変えていく必要もあるでしょう。この2つが実現すれば、今まで以上に「農作物を食べたいときに食べたいものを手に入れられる時代」を日本人が享受できると思います 。
AI時代こそマーケターは「一次情報」にこだわれ
いいたか:
齋藤さんはこれまでの事業で必ずなんらかの結果を出していますよね。「今はこの事業にリソースを投じるべきだ」といった決断を、どのような優先順位で下しているのですか?
齋藤:
私はそれでいうと、これからの時代が進むであろう流れを読むのが天才的にうまいです。では何を持って天才的なのかというと、圧倒的な情報収集量だと思っています。
私が特によく見ているのは、政府が発行している資料です。こうした資料には5年先10年先の政府が目指す未来が書かれていて、その実現に向けて兆単位の金額が動くわけです。政府の事業として、マスコミも一般化してわかりやすく発信していきます。その金額の1%でもシェアが取れれば、十分ビジネスとして成立しますよね。
例えば、岸田文雄政権が「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出して、2022年度には過去最大の1兆円の予算が計上されました。私は2019年にAGRISTを立ち上げましたが、その時点で政府資料からこの流れが来ると予測できていたんです。小さな町から始まったスタートアップが、日本を代表する投資家の方々からの出資を得られているのがその証拠だと思います。
AIに関しても、Microsoft社は膨大な金額を投じてオール・インの姿勢を示しています。こうした企業・人々の動きに対して、周回遅れでアクションを起こしたとしても、圧倒的な差が出てしまいますよね。
いいたか:
情報を得て早く動いてきたからこそ、齋藤さんはさまざまな事業を成功させることができたのですね。
齋藤:
もちろん、早すぎるタイミングでスマート農業に取り組んで、廃業に追い込まれた企業は少なくありません。今がベストだというタイミングを見極められるのも、マーケターには重要な能力です。
それを養うにはやはり圧倒的情報量が不可欠ですが、私はデジタルの情報と同時並行で「生の情報」を得ることが非常に重要だと思っています 。特に私の場合、地方と東京をオルタナティブに生きていることに大きな意味があるなと。
地方だけを見ていてもなかなか仕事を生み出せません。
東京だけを見ていても都会の世界にこもってしまいます。
ここ最近、私は京都、長野、宮崎、東京、室蘭、鹿児島と転々としています。自分の立ち位置を変えて、地方と東京をメタ的な視点から見られることで、マーケターとしてさまざまな気づきが得られます。
そもそも、インターネットに出てくる情報は加工されているし遅いんです。 AI時代の今こそ、マーケターは一次情報を取りに行くべきです 。
いいたか:
普段インターネットに触れていると、なんとなく情報収集をした気になってしまいがちです。結果、「現場に行く」「お客様の購買以前の行動を観察する」といった行動を取らなくなってしまうのかなと。齋藤さんが強調する一次情報を取る姿勢について、マーケターは今一度考える必要があるかもしれませんね。
齋藤:
一次情報の獲得も含めて、AI時代のマーケターで圧倒的に強いのはDo(行動)している人だと思います。
現代のマーケティング活動は、AIがある程度の答えを出してくれます。ABテストだって簡単にできるし、データの収集・分析も得意だし、なんなら私の特性に紐づいた回答を出すことも可能です。
AIが大抵の課題や疑問を解消してくれて、不確実性の高い領域に飛び込むリスクが減っている今だからこそ、マーケターは思い切って「偶有性の海」に飛び込むべきではないでしょうか。これからの時代、AIでも判別が難しい曖昧な領域に足を踏み入れることが、人間にできることだと思うんです。
人間味のあるしつこさがビジネスの突破口を切り開く
いいたか:
時代を読む力に絶対の自信を持つ齋藤さんですが、過去に「これは失敗したな」と思ったことはありますか?
齋藤:
明確に「失敗した」と感じたことはほとんどありません。というか、基本的に私は絶対に諦めないんです。
例えば、お茶の名産地でもある新富町では「茶心」という茶の心を体験できる一棟貸切宿をこゆ財団が運営しています。強いコンセプトや古民家宿ブームもあり売上は伸びましたが、コロナ禍をきっかけにガクッと予約数は減ってしまいました。
メンバーからは「もうやめよう」という声も上がりましたが、私は「絶対にやめてはダメだ」と猛反対。予約サイトや運営体制を細かく改善し続けた結果、世界中から予約が入りアワードも受賞する宿となりました。
宮崎県新富町の高級一棟貸切宿「茶心」がTraveller Review Award 2024を受賞しました!
芋焼酎「新富」も、高価格帯でもあり一時期はまったく売れませんでした。それでも、都内PRイベントの開催や高級レストランへの営業も地道にしていくことで徐々に認知度も高まり、フェニックス・シーガイア・リゾートでも取り扱っていただくことになりました。
その一時・その瞬間に諦めてしまえば、挑戦は失敗と呼ばれるかもしれません。ですが、ある程度の市場が見込まれるのであれば、諦めずに取り組めば必ず時代の流れは訪れます。
この諦めない姿勢……というか「人間味のあるしつこさ」は、マーケターに欠かせない要素です 。何が何でも売上につなげるという頑固さが、ブレイクスルーを生み出すと思います。
いいたか:
諦めない姿勢が事業の成果につながっているのですね。
齋藤:
もちろん、一般的に失敗と呼ばれる黒歴史は何度も経験しています(笑)。しかし、重要なのはそれをどう活かすかです 。
AGRISTではキュウリやピーマンの収穫ロボットを開発し販売していますが、初期に製作した収穫ロボットはほとんど販売できていません。また、もともとはロボットを農家に販売するビジネスモデルを想定していましたが、栽培環境や方針は農家ごとに異なります。
個別の農家に対応するロボットをつくるのは難しいということで、ロボットを農場に入れるために要件定義をし、自社で農場運営をしています。
いずれも周りから見れば失敗ですし、赤字も出しています。それでも、ピーマン収穫ロボットを作ったからキュウリ収穫ロボットを作る事ができました。
また現在は、ロボットが各農場に合わせるのではなく、ロボットに合う農場や栽培方法を自社農場で確立させようとしています。それらを商品としてパッケージ化し、お客様に販売しています。
いいたか:
こうした失敗の数々があったからこそ、成功につながっているのだとも言えますね。
齋藤:
私は、こゆ財団やAGRISTのメンバーに「黄金の6文字」を常に伝えています。
それは「早く失敗する」です(笑) 。
結局、物事はやってみないと始まりません。手を動かさずに「これはうまくいかないかも」というメンバーを見ると、「君はタイムマシンで未来から来たの?」と問いかけます。
「早く行動して、早く失敗を経験する」を繰り返した先に、「真のマーケティング=True Marketing」のあり方が見えてくる。これからはますますそういう時代になると思います。
- ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
- 株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。