「生成AIってすごい」「全然だめ」が人によって大きくブレる理由 ティネクト安達裕哉 #サプライジングパーソン
ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXのいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。
今回のゲストは、ティネクト株式会社代表取締役の安達裕哉さんです。
Webメディア「Books&Apps」の運営や、2023年&2024年上半期日本で一番売れたビジネス書『頭のいい人が話す前に考えていること』の著者として知られる安達さん。数多くの人気コンテンツの生みの親は、2023年にワークワンダース株式会社を設立し、生成AIに特化した事業に方向転換しました。
新たな組織で、安達さんは世界初の役職、CPO(チーフプロンプトオフィサー)と共に、生成AIを使いこなすための方程式を発見します。その実態と、事業活動を通じて実現したい未来について伺いました。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)
想像を超える能力を見て生成AI事業に振り切ろうと決断
いいたか:
安達さんは昨年ワークワンダースを立ち上げましたが、もともと経営していたティネクトとはどのようにすみ分けているのですか?
安達:
ティネクトはマーケティング領域におけるプロダクトを作り、それ以外の領域のプロダクトはワークワンダースで開発・リリースしています。どちらの会社も生成AIについて取り組んでいるため、実際はそこまで厳密に区別していませんが。
新たに設立したワークワンダースがコミットしているのは、会社全体の生産性向上です。
例えば、半年間で全社員の生産性を10%底上げすることを目標に、生成AIに関する研修や教育プログラムを提供します。プラスアルファで、お客様の個別のニーズに対応できるようなコンサルティング支援も行い、一気通貫で生産性向上を目指します。
いいたか:
部門ごとによって支援内容も変わるのですか?
安達:
調査部門であれば、私たちが開発・提供する「調査&レポーティング支援AI」を通じて、特定の業界の最新動向を調べる方法を教えます。
このツールは「製造業の最新動向」などの検索ワードに基づいて、ネット上から世界中のニュースを取得し、レポートにまとめてくれます。レポーティングされた情報をチャットボットで聞き出せるようにすれば、レポートを読む必要性すらありません。
営業部門の場合、まずは生成AIやプロンプトの概要から教育し、その後はCopilotを用いた資料作成など、実践を通じて業務効率化に取り組みます。
現場における生成AIの活用法は、非常にバリエーション豊富です。手元の資料をOCRに読み込んでAIに学習させれば、内容をすぐ表にまとめてくれます。他にも、ExcelやCSVファイルの情報を基幹システムに入力する「転記作業」も、生成AIを活用すると非常に簡単です。
いいたか:
転記作業は手間がかかる上、完全に自動化できている企業は少ないでしょうから、AIで効率化できれば毎日の仕事がとても楽になりそうですね。
安達:
もちろん、出力結果が誤っていたり異なるデータを参照するといったハルシネーションは、生成AIにも存在します。それを抑制するためのプロンプティングや活用法のノウハウも、私たちは伝えています。すると、これまで数ヵ月チームで取り組まなければ完了できなかったシステム開発が、数週間でできるといった世界が実現できるようになるんです。
いいたか:
劇的な変化ですね。
しかし、そもそもなぜワークワンダースを立ち上げたのですか? ティネクトでも十分、ここまでの支援事業を展開できそうですよね。
安達:
ワークワンダースの設立以前の話として、私は2022年の時点でティネクトを生成AI事業に振り切ろうと決断しました。その理由は非常にシンプルで、ChatGPTの登場でWebマーケティングのあり方が激変する、ライターの仕事は今後無くなると本気で思ったからです。
いいたか:
それだけの危機感を覚えたんですね。確かに最近、SEOの領域で「生成AIを使って内製化したい」と相談されることが増えました。
安達:
編集者が一人いれば、少人数で大量のコンテンツを制作できますからね。
2022年11月のリリース当初の時点で、ChatGPTは世間を驚かせるテキスト生成能力を見せつけてきました。これだけの性能があれば、数年で想像を絶する進化を遂げるだろう。そう思い、ティネクトが請け負っているコンテンツ制作の仕事は、全て無くなるという前提で動くべきだと考えたんです。
その後、生成AIのAPIを活用したプロダクトを模索する過程で、中高の同級生がベンチャーキャピタルを運営していることを知りました。しかも、彼らもまた生成AI事業を興そうとしていたんです。話し合った結果、私が代表という形で会社を立ち上げることになりました。それがワークワンダースです。
元電通のコピーライターがCPO=チーフプロンプトオフィサーに就任
いいたか:
私も業務で生成AIを使っていますが、使っていて痛感するのがAIへの指示=プロンプトの重要性です。
安達:
プロンプトをうまく書けるかは、生産性に大きく直結しますよね。実は、プロンプト設計は言葉のプロが強みを活かせる領域なんです。
ワークワンダースには、世界初であろうプロンプトの責任者「チーフプロンプトオフィサー(CPO)」が存在します。この役職を務めているのが、元電通のコピーライター・梅田悟司さんです。『世界は誰かの仕事でできている』『バイトするなら、タウンワーク』など、彼が生んだコピーを目にしたことがある人は多いでしょう。
コピーライティングに秀でている梅田さんにとって、プロンプトエンジニアリングは新たな強みの発見でした。そう言い切れるほど、非常にプロンプトの精緻化が上手なんです。
システムエンジニアとプロンプトエンジニアが揃うと、生成AIの仕事のスピードや質は驚くほど良くなります。
先日も、お客様から転記作業の業務改善について相談された際、たった1週間で大まかなシステムが完成し、ソフトウェア化すればノーコードで業務を効率化できるところまでいきました。
いいたか:
ものすごいスピード感ですね。
安達:
梅田さんと働くようになって、生成AI活用で面白いブレイクスルーがありました。
ある時、ChatGPTで秀逸なキャッチコピーをどうすれば出力できるのかを彼と議論したんです。たいていの場合、生成AIにただキャッチコピーを書かせても低品質なものばかり出力されてしまいます。そこで、実際に梅田さんが電通時代に学んだキャッチコピー制作時の業務プロセスを、細分化してプロンプトに落とし込んでみたんです。
対象の商品に関する周辺情報を徹底的に調査して、ターゲットとなるペルソナを設定して……。複数のステップを詳細にまとめてプロンプトを設計した結果、圧倒的にクオリティの高いコピーを生み出せるようになりました。
ワークワンダースで提供しているマーケティング自動化AIツール「AUTOMAGIC」の内部でも、そこで得られた知見が盛り込まれています。
いいたか:
ChatGPTでキャッチコピーなどを出力したことはありますが、競合調査まではプロンプトに落とし込んでいませんでした。皆さんがプロンプト化したプロセスの差が、出力結果の品質を大きく左右するのですね。
安達:
シカゴ大学が今年5月に出した論文によると、プロの金融アナリストの手法を大規模言語モデル(LLM)に学習させた結果、将来的な財務諸表分析で人間より高い精度を見せたそうです。キャッチコピーの事例も、これと同じだと思います。
参照:Financial Statement Analysis with Large Language Models
ChatGPTの最新モデルである「o1-preview」も、チェーンプロンプト(複数のプロンプトを連携させてAIにタスクを処理させる方法)を用いているそうです。結果、東京大学の難解な数学の問題も解けるほどに進化しました。
これからの生成AI活用では、精緻なプロンプトを作れるかどうかにかかっています。そして、精緻なプロンプト設計には、生成AIに担当させる業務の詳しい知識が必要不可欠です。
キャッチコピーの作成や転記作業、文字起こしの議事録化……。こうした業務を正確に理解して、複数のプロセスに分解しプロンプトに落とし込めれば、生成AIの精度は跳ね上がります。
このことを知っているかどうかが、「生成AIってすごい!」になるか「生成AI全然ダメだね」になるかの境界線になると思います。
いいたか:
ChatGPTなどに触れて面白いと思ったものの、仕事で使ってみても良い体験が得られなかった。そう感じる原因が、今の話に集約されていそうです。
生成AIを使いこなすには「言語化」が重要
いいたか:
業務理解度以外に、プロンプト設計で求められることはありますか?
安達:
「自分の仕事をちゃんと言語化できること」は、シンプルですが非常に重要です。
マーケティングの施策として、広告出稿はよくある手法ですよね。しかし、その手段をどのような考え方・方針に基づいて実行するのか、説明できる人はどれくらいいるでしょうか?
なんとなくといった感覚で広告を選択している人は多いでしょう。そのことは決して悪くないと思います。しかし、その決断を言語化できなければAIに仕事を任せることはできません。
今後、ビジネスマンは「仕事を言語化できてAIに任せられる人」と「仕事を言語化できずAIと競争しなくてはいけない人」に二分されるでしょう。後者の立場になった場合、非常に厳しい競争にさらされると思います。
いいたか:
先ほどのキャッチコピー作成も、業務プロセスを言語化できているからこそ適切なステップでAIに指示を出せているのですね。とはいえ、私も自分の業務をすべて言語化できるかと言われれば、正直自信がありません。そういった場合、まずは何から始めればいいと思いますか?
安達:
誰かに仕事について教える機会をつくったり、何らかの手段で発信したりするのがいいと思います。私がnoteでしつこく生成AIについて発信しているのも、実験したことをすべて記録しておきたいからです。
先日は「生成AIの書いた記事を、人間の書いた記事のように見せるテクニックをすべてお見せします。」という記事を出しました。そこには「箇条書きを少なくする」「文章の長さを均等にしない」「気取った言い回しをさせない」など、さまざまなアイディアを書いています。
いくつかの指示を生成AIに行うと、生成AIチェッカーツールでも「人間が書いた可能性が50%以上」という判定を得られました。こうした経験を言葉に残しておくことが、言語化の訓練になると思います。
丸投げするとサボるのが生成AI。それでも一回投げてみる
いいたか:
プロンプトで必要なのは、業務を正確に理解することと言語化できることだと。この2つができる人材、ワークワンダースにとっての梅田さんのような存在が会社にいるかは、生成AI活用では非常に大きな分岐点になりますね。
安達:
そうですね。プロンプトを設計する際、ハルシネーションの抑制にもさまざまな工夫を重ねます。梅田さんがいるおかげで、そのレベルは飛躍的に上がりました。
いいたか:
ハルシネーションの抑制の工夫というと、具体的に何をするのですか?
安達:
例えば、1回の指示でタスクを実行できると思ったけれど、実は2回に分けて指示を出さないといけないといったケースがよくあります。
「この文書から本のタイトルを抽出してください」と指示したけれど、うまくいかなかった。じゃあどうするかというと、次のように指示の内容を分割するんです。
・タイトル行だけを抜き出させる
・切り出した行から一定の法則に沿って関連する言葉を整理させる
・そこから本のタイトルを抽出させる
皆さんも経験があると思いますが、丸投げをすると生成AIはものすごくサボります。添付した文章を一部しか読んでいない、「分かりました」というけれど実は指示内容を理解していないなんてことは珍しくありません。まるで新入社員を指導している気分を味わいます(笑)。
そうしたエラーを出したとき、プロンプトが長すぎる、あるいは粒度が荒いことが考えられるため、内容を変更したり指示内容を分割したりします。場合によっては※温度設定を変更することもあるでしょう。
生成AIにおいて、応答内容の「ランダム性」を調整するパラメータ。ChatGPTは0〜2の範囲で設定でき、デフォルトは1。数値を下げる=温度を下げると一貫性の高い応答が増えて、数値を上げる=温度を上げるとより予期しない独創的な応答が増える。
こうした一連の作業をできる人が、真の意味でプロンプトエンジニアだと思います。
いいたか:
なるほど……。こうして聞くと、企業の生成AI活用は多くのハードルがありますね。
安達:
メールなどビジネス文書を書かせるだけならいいですが、議事録作成や転記作業など、何らかの処理を行わせるには適切なプロンプトが不可欠ですからね。再現性の高いプロンプトを設計することができずに、イライラが募って生成AIを諦めてしまう人は多いと思います。
とはいえ、現場目線で生成AI活用を語るときに必要なのは、トヨタが実践している「カイゼン」のような視点ではないでしょうか。動線を確保するために資材置き場を変えるとか、作業効率を高めるために工具の吊り下げ方を変えるとか。
こうした観点が、今後のホワイトカラーの現場にも必要になるでしょう。
「気が重くて始められない仕事はまずAIにやらせる」
「上司に相談する前に生成AIにレビューさせる」
まずはこうした姿勢を持つことが、これからのホワイトカラーの生産性を高めることになると思います。
あとは現場に任せきりにせず、トップが明確に「生成AIに取り組む」と宣言することも重要です。私が見る限り、積極的に生成AIを活用する企業は、大抵が経営者が率先してChatGPTに触れていますから。
AIは日本の一大産業になるポテンシャルを秘めている
いいたか:
安達さんは今後、ティネクトやワークワンダースを通じてどのような社会の実現に寄与していきたいと考えていますか?
安達:
生成AIの普及を、当然のミッションとして取り組みたいと思っています。
生成AIについて、ネガティブな意見を持つ人もいるでしょう。しかし、人口減少が確定している日本において、経済規模やインフラを維持するには必然的にAI・ロボットに頼らなければいけません。
同時に、AIやロボットの分野は日本の一大産業になり得る可能性を十分秘めています。人的リソースに余裕がない中小企業の場合、バックオフィス業務や提案書作成をAI化すれば、事業を継続する上でより重要な場所に人員を配置できます。中小企業の生き残りにおいて、AIは必要不可欠な存在です。
同じ話は地方にも言えます。ティネクトでは、地方創生の一環として生成AIを活用した地方の中小企業支援を行っています。
人の移住より知の移転 経営者の皆様へ!生成AIと既存人材の協働に本気で取り組んでみませんか? | ティネクト株式会社のプレスリリース
この事業は、都心部以上に人口減少で人材不足に悩む地方を救う手段として、生成AIを使えるかどうかを確かめるために始めました。
必要に迫られないと行動に移さないのが人間のさがです。逆に言えば、必要に迫られている人々が増えている今こそ、生成AIに取り組む最大のチャンスだと思います。
いいたか:
ちょうど前回、AI✕農業で活躍するAGRIST株式会社代表取締役の齋藤潤一さんにお話をしました。AIをうまく生活に取り入れられれば、地方はもちろん日本の一次産業を救う道も見出せそうですよね。
データより「生の情報」を求めよ。AI時代のマーケターが持つべき武器 AGRIST齋藤潤一 #サプライジングパーソン | Premium Contents | TRUE MARKETING byGMO
安達:
もうひとつ、日本にとってAIがチャンスだと言える要素があります。それは、日本ほどAIに好意的な国は世界に存在しないということです。海外の情報番組などを見ると、基本的にはAIに否定的な論調が紹介されています。AIによって職を奪われる、あるいはAIは大したことはないといった意見が大半なのに対して、日本だけはAIに対して異様にポジティブです。
いいたか:
鉄腕アトムやドラえもん、ペッパーくんなどロボットに友情を感じるコンテンツが多いからでしょうか。
安達:
生成AIの性能について議論することはあっても、「AIが人間を破滅させる」と考える人はほとんどいません。多くの人が「AIを使おうよ」と思っているこの空気に乗って、生成AIを普及していきたいですね。
- ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
- 株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。