地元住民と来訪者の両方に愛される観光のあり方。「常陸国ロングトレイル」が目指す未来 茨城県県北振興局 石原均
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「『常陸国ロングトレイル』を通じて、県北を多くの人々に愛される場所にしたいです」
県北地域の振興に関する計画を立案・実行する、茨城県県北振興局。同局は活力のある持続可能な県北地域の実現として、2024年度から2026年度にかけて「チャレンジプランNEXT」を掲げました。この計画では、「仕事づくり、人づくり、にぎわいづくり」を柱に、産業振興、人材育成、地域資源の活用などを目指しています。
数ある事業のうち、観光産業の施策として2019年よりスタートしたのが「常陸国ロングトレイル」です。この事業にかける想いや目指している未来の姿を、県北振興局 次長の石原均さんに伺います。
インタビュアーは、神津洋幸(TRUE MARKETING副編集長/Z世代トレンドラボ研究員/ストラテジックプランナー)と茨城県を地元に持つ齋藤樹(マーケティングソリューション本部)が務めます。
(執筆:サトートモロー 進行・編集:神津洋幸)
臨海部と山間部に異なる特徴を持つ県北の魅力
神津:
県北振興局の役割や、普段の活動で大切にしていることを教えてください。
石原:
県北の「振興」とは何かを考えるとき、県北にお住まいの方々、この地の産業に従事している方々によいインパクトを与えられることを大切にしたいと思っています。観光を含むあらゆる産業を、何らかの形で活性化することが、県北振興局のミッションと考えています。
この地域の強みは、臨海部と山間部にまったく異なる地域の魅力が存在するという点にあります。日立製作所発祥の地である臨海部は、多種多様な産業の集積地であり、北茨城市や高萩市など海運を利用した工業地域が形成されています。山間部は、茨城県でも随一を誇る自然があり、温泉や水辺空間など多くの観光資源が存在します。
それぞれの強みを活かすため、臨海部では新技術・新事業の開発支援、国内外の新たな販路開拓の後押し、脱炭素化の推進、水産物のブランド化などに力を入れています。山間部では、地域資源を利用した観光産業の振興、林業の活性化、高付加価値の農産物の生産拡大に努めているところです。
いずれの施策も、私たち県北振興局だけで達成できるものではありません。さまざまな分野の部局や関係者の皆様の力を結集し、計画を進めています。
神津:
臨海部・山間部ともに非常に興味深い活動を進めているのですね。それぞれの計画にて、具体的にはどのような活動を進めていますか?
石原:
例えば臨海部では、工業地域の企業の技術力をベースに、宇宙産業などの分野で存在感を発揮しつつあります。山間部では、付加価値の高い有機農産物の生産拡大による儲かる農業への構造転換やスマート林業技術の導入等による林業の成長産業化に取り組んでいます。
県北の名所をつなぎ合わせた「常陸国ロングトレイル」の誕生
神津:
「チャレンジプランNEXT」の取り組みの中でも、今回は「観光」に焦点を当ててお話を伺えればと思います。現在、県北振興に向けてどのような観光産業を開発しているのでしょうか?
石原:
県北に限らず、茨城県は首都圏という人口集積地の近傍に位置しており、多くの人を呼び込みやすいという大きなメリットがあると思っています。一方、このエリアには日光、伊豆、鎌倉など強力なライバルがあり、これらに比べて、茨城観光の魅力を多くの人々の意識に定着してこれなかったことが、大きなハンデキャップであったと考えています。
しかし、先ほど話したように、県北地域には美しい海や山々など、十分に首都圏の一大観光地と戦える魅力があります。このよさをどのように届けるかが、私たちにとって一番の戦略的な課題だと考えました。
どのように魅力を伝えるのか? 大々的にCMなどを展開しても、一時的に興味を引くことはできるものの、それだけで継続的な誘客につなげていくことは難しいでしょう。県北地域のよさを認めてもらえるようなおもてなしをして、それがSNSなどで広まる。
こうしたストーリーが、新たな観光拠点を作るという仮説を立てました。そして、県北の数々の魅力をつなぎ合わせるものとして、地域の方からの提案を受け推進することとした企画が、「常陸国ロングトレイル」です。全長約320km、6市町にまたがるコースは、県北地域の様々な名所にアクセスできます。このロングトレイルをきっかけに、首都圏の人々に地域の名所を認知いただくことが主な狙いです。
また、首都圏から近いことは日帰りできるというメリットがあるのですが、逆に言えば日にちをまたいで滞在いただきにくいというデメリットとも捉えられます。「常陸国ロングトレイル」はそうしたお客様が、2日3日と県北に滞在していただくためのツールにもなり得ると考えているんです。
常陸国ロングトレイル Hitachinokuni Long Trail
タイムトリップしよう、常陸国ロングトレイルで。|茨城県
神津:
「トレイル」と名の付く名所は全国各地にありますが、「常陸国ロングトレイル」にはどのような特徴がありますか?
石原:
「トレイル」と聞いて思い浮かぶのは、山奥など自然豊かな場所だと思いますが、「常陸国ロングトレイル」は山と里を交互に行き来するのが大きな特徴です。
山の中を歩く間、人々は平安時代をほうふつとさせる名所名跡を目の当たりにします。海沿いを歩けば万葉集に歌われた風景に触れられ、里に下りると一転、昭和を思わせるレトロな町並みに遭遇することができます。
こうした時代の変化を繰り返し味わえる点に、トレイル愛好家の方々からも高いご評価をいただいており、さまざまな時代を巡ることができる、まさしくタイムトリップを楽しめるロングトレイルとして、私たちもアピールしていきたいと考えています。
齋藤:
高戸小浜や御岩神社、花園。私にとっては懐かしくなる場所ばかりなのですが、行く先々で時代がコロコロ変わるというブランディングは、とても素晴らしいと感じました。海も山も里も楽しめる、そんな県北の魅力が詰まったトレイルコースだと思います。
神津:
首都圏はもちろん、インバウンド需要も非常に高い印象を受けました。
石原:
そうですね。実際にインバウンド需要にも対応できるよう、海外の旅行会社の協力もあおぎつつ、ツアーなども企画中で、世界的な観光名所を紹介する雑誌『NATIONAL GEOGRAPHIC TRAVELLER(ナショナルジオグラフィックトラベラー)』の方々にも、ロングトレイルについて取材して頂き、記事にしてもらう予定となっています。
トレイルは特に欧米の方々に需要が高いのですが京都や沖縄、北海道など、たくさんの魅力ある選択肢から茨城を選んでいただくことは、決して容易ではないでしょう。それでも、県北に来ていただいた方に、たくさんのよさを感じて帰っていただくためのおもてなしを通じて心からご満足いただくことで認知度を高めていきたいと考えています。
神津:
自治体や観光地域づくり法人(DMO)の方々と話すと、近年の外国人観光客は、いわゆる「ゴールデンルート」以外の日本の魅力を求めているそうです。日本と聞いて誰しもが思い浮かべる名所ではなく、日本人でさえ知らない土地に観光客が魅力を感じているという点では、県北地域はまさに絶好の場所かもしれませんね。
石原:
まだまだ訪れる方が少ない今だからこそ、このエリアを独り占めできるという魅力も、当面の強みになるかもしれません。とはいえ、海外の方々に、繰り返し県北を訪れていただくことにばかり期待するのではなく、より近い距離感にある首都圏から、何度もこの地を訪れていただくことも、産業の成長には欠かせません。
インバウンドと首都圏、この両面からの誘客に同時に力を入れることで、多くの人々に「常陸国ロングトレイル」を味わっていただきたいと考えています。
来訪者と地域の喜びが循環し合うふれあいを生み出したい
神津:
「常陸国ロングトレイル」は自然や町並みだけでなく、人と触れ合うという点にも重きを置いているのですよね。
石原:
はい。県北という地域にしかない魅力は、まさしく「人」にあるという想いから、人との交流・ふれあいにも力を入れたいと考えました。
ロングトレイルのコースには、かつて多くの人々が往来した棚倉街道に面して「町屋エリア」があります。ここでは地域の方々が、その地域で生産された野菜や花などの地域資源を使用しながらおもてなしをしてくれます。御岩神社でも、巫女さんに協力していただき、境内や神社の歴史を案内してもらうという取り組みを進めています。
地域との交流という体験をセットにして提供することは、他の観光地との差別化になるでしょう。
県北地域に住む方々は、それぞれの町の歴史を心から愛されていると感じており、「常陸国ロングトレイル」に訪れる人々に、地域の魅力を体験してもらうことにも、とても積極的に協力してくださる方々がたくさんいらっしゃいます。
こうした体験は観光客の満足感につながるだけでなく、現地の方々の誇りや喜びにもつながるはず。私たちは、「常陸国ロングトレイル」を来訪者と地元の喜びが循環し合うツールにしていけたらと考えております。
神津:
とても素敵なサイクルですね。インバウンドの人々はもちろん、私たち日本人も体験したい取り組みだと感じました。この体験を提供し続けるには、地元の人々の協力が必要不可欠だと思いますが、この協力体制を維持するために意識していることはありますか?
石原:
忘れないようにしたいこととして、県北振興局は観光だけのセクションではなく「振興」を担うセクションであり、県北に訪れた人々に高く評価いただくだけでなく、県北の皆さんが「やっぱり私たちの地域はいい場所なんだ」と思えることも、私たちの活動の大切な目標です。
観光産業の成長を目指し、「こうすれば人々が来てくれるだろう」という仮説にもとづいて施策を打ち出しつつ、地元の方々に活動を認めてもらい一緒に盛り上げていく。丁寧にこの手順を踏むことが、私たちの役割だと思っています。
コンセプトを変えず、じっくりとファンを増やす発信を
齋藤:
改めて、古き良き時代の原体験や日本の原風景を体験できる、「常陸国ロングトレイル」のコンセプトは非常に素晴らしいと感じました。この素敵なスキームやアセットを、いかに国内外の人々に知ってもらうのかが重要だと思います。
すでに公式サイトやSNSでさまざまな情報を発信していますが、コンテンツの内容で意識していることはありますか?
石原:
まずはターゲットとして、登山が好きな方々への認知拡大に比重を置いて活動してきました。具体的には、登山アプリYAMAPさんとのデジタルスタンプラリー企画などを展開しています。
常陸国ロングトレイルを巡って限定手ぬぐいをゲット|新ルートや見どころが満載 | YAMAP MAGAZINE
常陸国ロングトレイルの標高は比較的低いのですが、実際に訪れた山好きの方々からは、「こんなに体験しがいがあると思わなかった!」というお声をいただきます。同時に、標高が高くないことからライト層の方々にも足を運びやすい場所としてアピールできるなど、一定の成果が出ているところです。
神津:
山が好きな方々は、総じて風景を楽しんでいると思います。その点、「常陸国ロングトレイル」には幻想的な風景が多く、その点も評価されているポイントなのかなと感じました。
石原:
そうかもしれません。今年度から、トレイルコースの魅力を伝えられる動画も公開しはじめました。こうした各種発信で、県北の雰囲気を全方位的に味わっていただけると思います。
神津:
県北の神秘的な雰囲気を感じられる動画ですね。コンテンツの数々はインバウンドへの注力を強く感じますが、どのくらいの年齢層をターゲットに施策を展開しているのですか?
石原:
中心となるのは、山好きな人に加えて、子育てが一段落した世代、年齢層でいうと40~50代の方々にも、常陸国ロングトレイルは体験しやすいルートを備えており、ワイワイと会話を楽しみながら自然や現地のグルメを楽しみたい。そんな方々にも、魅力をアピールしたいと考えています。
若い世代の方々に向けてプロモーションはまだまだこれからです。とはいえ、話題性だけを重視した発信にならないようには注意したいと思っています。
もしもSNSなどでバズったとして、山歩きの心構えのない方が大量に来られて、万一の不慮の事故にあわれてしまうようなことも避けなければなりませんし、過度な期待をあおって来訪者を増やしてもよい体験が得られなければ、「一度来たらおしまい」になってしまうでしょう。
何度も県北に来ていただけるファンを増やすために、「常陸国ロングトレイル」のよさを丁寧に伝えながらこの地のファンを増やしていくというのが、大切な発信のあり方だと思っています。若い世代への発信もこの方針は変えず、アピールできる方法を模索したいです。
神津:
旅の質を担保できる発信をするという姿勢には、とても共感します。
齋藤:
近年は若年層にもカメラで写真を撮る需要が増えており、「常陸国ロングトレイル」のパッケージに強い興味を持つ人は少なくないと思います。表現をわずかに変えつつ、現在と同じ発信を続けることで、このコンセプトに共感する若者が必ず現れると思います。
住民が県北を誇りに思えるプロジェクトにしたい
神津:
皆さんの発信だけでなく、UGCも旅行をしたいというトリガーとして重要ですよね。県北に訪れた人々が、その魅力を発信してくれるような取り組みなどは行っていますか?
石原:
YAMAPさんとのデジタルスタンプラリーが、まさにその取り組みのひとつです。約2年続けている施策で、じわじわと効果を感じています。
例えば、茨城県久慈郡大子町にある生瀬富士(なませふじ)には、「茨城のジャンダルム」という場所があります。ジャンダルムとは、スイス・アルプス山脈のアイガーにある絶壁の通称です。
飛騨山脈(北アルプス)の穂高連峰・奥穂高岳の西南西には、「日本のジャンダルム」と呼ばれるドーム型の岩があります。標高3,000m以上の場所に存在する名所なのですが、生瀬富士にはもっと標高の低い場所に、似たような岩が存在するんです。
この岩を見るには長時間歩かないといけないのかと思いきや、町から1時間ほどの距離でたどり着くということで、多くの人々が写真を投稿してくださっています。
他にも、竪破山(たつわれさん)エリアには、平安時代に八幡太郎義家が太刀で真っ二つにしたという伝説がある巨石「太刀割(たちわり)石」があります。これが人気マンガの主人公が修行をしたときに割った岩によく似ているということで、多くの方々が写真を撮っています。
神津:
この景色を手軽に見ることができるのは、とても魅力的です。私も、「常陸国ロングトレイル」を歩いてみたくなりました。最後に、このプロジェクトの将来的な目標や、皆さんが実現したい夢などを教えてください。
石原:
「常陸国ロングトレイル」を通じて、県北地域を、住民の方々がさらに誇れる場所と感じていただけるようになることが目標です。来訪者の方々とのふれあいを通じて、自分たちでも気づいていなかった地域の素晴らしさを再発見することが、地域の人々の幸せとなり、そうした交流が、ロングトレイルを含む多くの産業の発展に寄与すると信じています。
夢という表現でいうと、県北の方々にとっての「常陸国ロングトレイル」を、熊野古道のような誇るべき存在にできたらいいなと思っています。地域外の人々からも評価され、愛され、また訪れたいと思っていただけた結果、「私たちの町はロングトレイルのふもとにあるんだ」と誇りを持って言っていただける。そんな未来に、私たちもお役にたてたと思えるよう、取り組んでまいります。
神津:
地域の人々の心が潤い、今まで以上に「私たちは県北の人間だ」と誇りを持って言える状態をつくると。ぜひ実現してほしい未来の姿だと感じました。
![神津 洋幸(こうづ ひろゆき)](https://www.koukoku.jp/truemarketing/wp-content/uploads/2020/10/writer-1.jpg)
- ライター:神津 洋幸(こうづ ひろゆき)
- ストラテジックプランナー、リサーチャー。Webプロモーションの戦略立案、Web広告効果の分析・オプティマイズ、各種リサーチなどを担当。前職はマーケティングリサーチ会社にて主に広告効果の調査・分析・研究業務に従事。2004年より現職。
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