スポーツを観光のきっかけに。旅行会社が挑むスポーツ✕地域の事業推進 名鉄観光 豊岡知也

「スポーツ観戦による移動で全国を巻き込んだ『広域観光』を実現したいんです」
国内外の旅行サービスを提供する総合旅行会社、名鉄観光サービス株式会社(以下、名鉄観光)は、2018年よりスポーツ事業を推進する「スポーツ事業推進部」を立ち上げました。本社 営業戦略推進本部 スポーツ事業推進部 東京オフィスの豊岡知也さんは、事業部が目指す未来をこう語ります。
スポーツ事業推進部は「スポーツ✕地域活性化」を軸に、全国各地のスポーツチームや地方自治体と連携。現在は新たにアイスホッケー競技の普及や交流試合の主催に関わりつつ、本拠地の人々とのつながり強化に尽力しています。
名鉄観光は、コロナ禍で旅行事業が危機に陥ったときにスポーツ事業への注力を決断しました。決断の背景や現在の活動へ至った経緯を、神津洋幸(GMO NIKKO TRUE MARKETING副編集長/ストラテジックプランナー)がお伺いしました。
コロナ禍の危機で注目したのはスポーツ領域だった
神津:
豊岡さんは新卒で名鉄観光に入社したのですか?
豊岡:
大学を卒業して2013年4月に入社しました。当時は工学部を専攻しており、観光とは全く違う分野を勉強しておりました。同期は約70名入社し、理系出身は私一人だけでした(笑)。
観光業に興味を持ったきっかけは、大学生活の長期休暇時にサークルやアルバイト仲間と国内外に旅行をし、見知らぬ土地の文化や言葉、考え方の違いに触れて、自分の価値観が変化するという経験に刺激され、「旅行会社に入社し旅行の素晴らしさを広めたい」と思い就職活動を行っておりました。
名鉄観光に入社後は新宿支店に配属され、首都圏の法人や学校といった顧客を対象に、団体旅行の企画営業を担当しました。そして、2021年4月にスポーツ事業推進部に異動して現在に至ります。
神津:
旅行営業からスポーツ分野ということは、仕事内容もかなり大きな変化があったのではないですか?
豊岡:
営業職であることに変わりはありませんが、目指すマーケットは大きく変わりました。名鉄観光は全国に営業支店が点在しており、スポーツというマーケットを新たに創出、開拓し拡大させていく役割を担っております。例えば、「この案件は北海道のスポーツチームであるため札幌支店が対象となる。支店と一緒に連携して事業創出をしよう」といったロジックが働きます。協力を要請する支店にノウハウがなければ、事業の立ち上げを支援しつつ自走できる体制を整えていきます。営業エリアを地域に縛られず、全社的なスポーツマーケットの拡大を目指しながら、会社に貢献していくことを考えております。
神津:
名鉄観光という社名から、名古屋エリアを中心とした活動をイメージしていました。今の例のように、全国を視野にいれて活動しているのですね。そもそも、スポーツ事業推進部はどのような経緯で誕生したのですか?
豊岡:
当部署が立ち上がる以前から、弊社では全国各地の営業支店の取り扱いでスポーツ案件の仕事は存在をしておりましたが、新型コロナ感染症が大きな要因かと思います。当時は様々な仕事が延期や中止となり、会社の存続危機にまで至るような大きな事態が起こった時期でした。会社存続も含め、弊社の従業員の給料や生活の保障を考えていかなければならず、収益をどのようにして確保していくのかが求められました。
その中でコロナ禍であってもスポーツマーケットでは一定数の仕事に繋がる事案があったことから、スポーツを会社の柱にしていく為に当部署が成り立ちました。
特にコロナ禍を経て学べたこととしては、既存の価値観に捉われず、常に業界やマーケット、世間ニーズ等の外部環境に目を向け、求められていることを正しく把握し、旅行会社としてどのようにサービス提供ができるのかを考えることが重要であると気付くことができました。
そうした中、観光産業の一員として観光や旅行をどのような手段でスポーツマーケットに活用していくかで、スポーツチームの課題を解決できるのかといった思考で取り組むことで、今まで取り扱ったことがない事案を新たにスポーツマーケットで生み出すことができました。
神津:
もともと力を入れようと思っていたスポーツ事業を、コロナ禍をきっかけにより強化しようと思ったのですね。
スポーツと地域のつながりを深める活動を
神津:
豊岡さんはスポーツ領域に興味はあったのですか?
豊岡:
私自身は学生時代にサッカーをしておりましたが、社会人になってからは仕事としてスポーツに関わることはほとんどありませんでした。スポーツ事業推進部に配属後、どうすれば成果を出すことができるのかを必死に考え、できることから正直に取り組んでいきました。そこで、まずはスポーツ業界の皆様が抱える課題を知るため、オンラインミーティングなどでヒアリングしていったんです。
私たちはこれまで、シーズン中の遠征に伴う移動や、オフシーズン期間のキャンプに関する移動や宿泊の支援という形でスポーツチームの皆様方と関わってきました。とはいえ、この活動の延長線上にスポーツ産業の課題があるとは限りません。新たにスポーツ事業に参入する上で、現場での困りごとをしっかり把握したいと思ったんです。
ヒアリングでわかったことは、チーム運営の収益源確保という課題でした。
コロナ禍の最中、スポーツ業界も無観客試合などで苦境に立たされており、スポーツチームとしてチーム活動の制限のみならず、経営面ではチケット収益やスポンサー収入の減収等、チーム経営としても大きな課題を痛感しており、今後同じような未曾有の事態が生じた場合の対策案の構築も必要でありました。
神津:
コロナ禍では、スポーツ産業も大打撃を受けていましたね。
豊岡:
現状の収益構造では、またコロナ禍のような事態が起きても対応が困難になります。新しい収益源を作るために、観光・旅行という観点で私たちは何ができるのかを考えることが、私たちのミッションだと思いました。
そこで注目したのは、スポーツ地域の密接な結び付きです。プロ野球もJリーグも、チームそれぞれがホームタウンを持ち、熱烈なファンやサポーターの方々に支えられています。それに加えて、近隣の自治体や地域住民など、より多くの方々から応援してもらえるチーム運営が必要だと私たちは考えました。
「私たちのホームタウンのスポーツチームの地域活動の取り組みで市民の健康増進が図れた」
「地域の子どもたちがプロ選手との目的型の体験や交流を通じて、本質としての教養を深められた」
スポーツチームが中心となり、長期的な地域課題に貢献するという考え方は、スポーツ庁も重要だと発信しています。その姿勢が、最終的にチームへの利益に還元していくという考えで、スポーツと地域を深く結びつける活動に取り組もうと思いました。
そして現在、私たちは次のような活動を軸として働いています。
● 地域のスポーツチームや企業、自治体と連携して新たなビジネス機会の創出
● スポーツを通じて地方・地域を活性化できる旅行商品の開発
神津:
地域との関連性の強化や変化に、スポーツチームの活路を見出したのですね。それが現在の活動の源流となっていると。
アイスホッケーとの出会いと西日本最大イベントの開催
神津:
現在、名鉄観光はアイスホッケーチームとの連携を深めていますよね。
豊岡:
そうですね。スポーツと地域という観点で事業創出を目指していくなか、さまざまなプロチームをリサーチして実際に話す機会を増やしていきました。そのなかで、特に地域との関係強化に意欲を燃やしていたのがアイスホッケーだったんです。
アイスホッケーと聞いて、なんとなく競技のイメージはできるものの、実際に試合観戦をするといった機会は少ないかもしれません。昨年まで日本では苫小牧市と八戸市、日光市、横浜市の合計4つのプロアイスホッケーチームと、韓国のチームも加わり5チームでプロリーグとして開催されております。
神津:
こうして見ると、東日本にチームが集中しているのですね。
豊岡:
そのとおりです。神奈川県出身の私でも、地元にアイスホッケーチームがあることを知りませんでした。今後のアイスホッケーの発展を見据えていく上で、西日本でも試合観戦の機会を創出する、国内全体の競技人口の増加を目指していくことが業界の大きな課題でした。
加えて、地域活性化という点でも課題がありました。例えば苫小牧市を例に挙げますと、北海道旅行の目的地としては世間からはあまり認知されていないのではと感じております。多くの方々は、札幌や小樽、ニセコなどに旅行で足を運ぶとケースが多いと思います。
それに対して、スポーツチームを観光資源として苫小牧を盛り上げていきたい、北海道の旅行に「アイスホッケー観戦」という目的を加えたいと、私は考えました。
神津:
大谷翔平選手を観にアメリカへ行きたい、メッシ選手や三笘薫選手を観にヨーロッパへ行きたいといった想いと同様に、スポーツをひとつの観光地にしたいと思ったわけですね。
豊岡:
アイスホッケーは「氷上の格闘技」と呼ばれ、間近で見るとすごい迫力があるんです。北米で活発かつ人気なスポーツだけあり、バスケットボールの試合のようにスピード感を感じられ、会場演出にも力を入れており、盛り上がりの良いBGMで観客を楽しませてくれる雰囲気があります。
スポーツには、人と人とをつなぎ合わせるポテンシャルにあふれています。この魅力を存分に伝えつつ、観光にも波及できるような旅行商品の企画などを、昨年から苫小牧のステークホルダーの皆様方と取り組んでおります。
そして現在は、今年から新たに名古屋にもプロアイスホッケーチームが立ち上がったことを好機に、先ずは東海圏でのアイスホッケーの普及活動を一緒に携わらせていただいております。
2024年11月には、日本ガイシアリーナで大規模な交流試合を開催しました。西日本最大規模となるアイスホッケーイベントに、約1,500名のお客様に来場いただきました。
この冬最大の氷上大決戦!『名古屋オルクス』がアイスホッケーで新しい時代を創る。その瞬間を見逃すな!集え!日本ガイシアリーナ! | サンエスサービス株式会社のプレスリリース
豊岡:
来季には、西日本にもアイスホッケーチームが誕生する予定のようで、徐々に今まで観戦できなかった地域でも試合開催がされていくことにより、日本全体でアイスホッケーを盛りげていき、新たなスポーツ文化の醸成をチームや業界関係者の皆様方と構築していくことを目指しております。
スポーツ振興から全国への人流を生み出したい
神津:
スポーツ振興や地域活性化には、子どもたちの存在が重要なカギを握ると思います。若い世代への働きがけなどは、すでに何か行っているのでしょうか?
豊岡:
私が所属する営業戦略推進本部には「教育推進部」という部門があり、旅行✕教育という分野で教育事業の推進を担っています。具体的には、「Meitetsu Second School(名鉄セカンドスクール)」という教育旅行事業で、学校では学べない体験で観光業を通じて付加価値を提供していき、子供の多様な価値観の醸成や、教育の本質でもある教養に繋げていく事業を展開しております。
私たちは教育推進部と連携して、11月のイベントで親子向けのアイスホッケー体験教室を開催しました。アイスホッケーとはいえ、ご参加者の中にはそもそも氷の上に立ったことがない人も多数いらっしゃいます。
そこで、まずは氷に触れる楽しさや、スケート靴を履いてリンクの上に立ってみる。慣れてきた子やスケート経験がある子は、プロ選手と一緒に実際の道具を使ってみるなどの体験もしました。
ありがたいことに、体験教室には岐阜県や三重県からのお客様もいらっしゃいました。こうしたスポーツを通じての交流ができたことが、まず大きな一歩でした。全国の地域で、こうした活動を地道に続けていくことが、これから大切だと思っています。
神津:
スポーツチーム、自治体、地域の企業や親子。どんどん活動が広がっていますね。
豊岡:
まだまだ人数の規模は小さいですが、スポーツを軸とした地域観光の活性化を通じて、本拠地の地域を深く知るきっかけにしていきたいと考えています。
スポーツをきっかけに観光に訪れ、「こんなに素敵な場所があったんだ」と、地域の魅力を再発見できるようにする。それを呼び水に、地域に観光客を誘客して宿泊や食事、スポーツ観戦など経済効果が生まれるような人流を発生させたいです。
神津:
皆さんの活動で素敵なのは、複数の地域に人流が生まれる可能性を秘めていることだと思います。スポーツはホームとアウェイの考え方があり、チームのファンが増えればアウェイへの移動やそこでの消費につながります。
豊岡:
北海道のサポーターが関西のビジターゲームを見に行くような未来を作れれば、非常に嬉しいです。その移動をきっかけに、「せっかく関西まで来たし、四国にも足を運んでみよう」など周辺への移動も生むような広域観光を実現したいです。
スポーツ✕地域のつながりを海外展開につなげたい
神津:
名鉄観光が、スポーツを通じて実現したい未来図がよくわかりました。今後、スポーツ事業推進部や豊岡さんはどのようなことにチャレンジしていきたいですか?
豊岡:
まずはアイスホッケーを軸に、国内の人流をスポーツ分野で活性化していきたいです。その先に思い描いているのは、海外を視野に入れた事業の展開です。
特定のスポーツのみ、国内のみと視野を狭めると、どうしても事業の裾野を広げることはできません。私たちは現時点で、インバウンド、アウトバウンドを見据えたビジネス展開を構想しています。
海外進出で参考としているのは、日本サッカー協会(JFA)の動向です。サッカー日本代表はアジアでは屈指の強豪として君臨していますが、アジア全体のレベルを底上げできなければ、欧州のサッカー大国たちに対抗できません。そこで、JFAは東南アジア各国に監督やスタッフを派遣し、現地の子どもたちのサッカー文化の醸成に尽力しています。その積み重ねの結果、将来的にアジア各国の競技レベルの底上げにつながり、日本サッカーにおいても良い競争が生まれます。
こうした動きと同様に、日本で特定のスポーツ産業を振興させつつ、世界にも日本のスポーツの魅力や素晴らしさを発信して、海外観光客の誘致につなげていきたいと思っています。
神津:
海外進出を前提とした活動ですか。ワクワクしますね。
豊岡:
それと、海外で人気の高いメジャースポーツを、日本で盛り上げていく活動にも挑戦したいと思っています。日本での知名度は低い一方で、海外への送客につながる大きな可能性を秘めています。そんなスポーツを発見していきたいですね。
神津:
アイスホッケーも、ある意味そうしたスポーツの一種かもしれませんね。
豊岡:
いずれの活動についても、大事なのは一過性に終わらせるのではなく継続させることです。短期的な結果に固執せず、中長期的な計画を立てて地道に活動する。遠回りに感じつつも、あせらずコツコツやっていくことが、結果としてスポーツと地域にとってもよい結果につながると思っています。
地道な活動を継続できるよう、地域の皆様やスポーツ事業の関係者様と協力体制を築いていくことが、私のミッションだと思っています。
神津:
今後の展開が楽しみです。

- ライター:神津 洋幸(こうづ ひろゆき)
- TRUE MARKETING副編集長
Z世代トレンドラボ主任研究員
ストラテジックプランナー、リサーチャー。Webプロモーションの戦略立案、Web広告効果の分析・オプティマイズ、各種リサーチなどを担当。前職はマーケティングリサーチ会社にて主に広告効果の調査・分析・研究業務に従事。2004年より現職。
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