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『キャプテン翼』から生まれたクラブが世界を目指す「地域に愛されるクラブづくり」南葛SCえとみほ✕楠神順平 #サプライジングパーソン

2025.04.24Premium Contents
『キャプテン翼』から生まれたクラブが世界を目指す「地域に愛されるクラブづくり」南葛SCえとみほ✕楠神順平 #サプライジングパーソン

ソーシャルギフトサービス「GIFTFUL」を運営する株式会社GiftXいいたかゆうたさんが、マーケターと対談しつつその知見を学び、変化の時代を生き抜くビジネスの本質に迫る連載「サプライジングパーソン」。

今回のゲストは、社会人サッカークラブ・南葛SCマーケティング部長の江藤美帆(えとみほ)さんとプロモーション部副部長の楠神順平さんです。

人気サッカー漫画『キャプテン翼』の主人公・大空翼が所属するチームと同名の南葛SC。原作者の高橋陽一が代表を務め、“葛飾からJリーグへ”をテーマに活動を続けています。

南葛SCは『キャプテン翼』のIPや地域とのつながりを重視したプロモーションと、社員選手の教育体制などで注目を集めています。それぞれの活動にかける想いを、2人に伺いました。

(執筆:サトートモロー 進行・編集:いいたかゆうた 撮影:小林一真)

Jクラブから南葛SCへ

いいたか:
2人はどのような経緯で南葛SCにジョインしたのですか?

江藤:
私はIT業界からキャリアをスタートしました。サッカーの世界に飛び込んだのは43歳で、一般公募の形でJリーグ(J2)の栃木SCにジョインしたんです

応募した理由はサッカーが好きだったからというのもありますが、サポーターとして外からサッカー業界を見た時、マーケティングに改善の余地があると思ったから。自分が業界に関わることで、できることがあるんじゃないかと思いました。

いいたか:
そもそも、サッカーにハマったきっかけは何だったのですか?

江藤:
最初のきっかけは、フロリダに留学していた時でした。当時はアメリカワールドカップを控えていて、日本を※ドーハの悲劇が襲ったタイミングです。私も、韓国人のルームメイトと一緒にこの試合を観ていました。

※ドーハの悲劇
1993年10月28日、カタールの首都ドーハで行われたサッカーの国際試合。日本代表がイラク代表に敗れ、1994年のアメリカワールドカップ出場を逃すことに。現在も、その出来事が悲劇として語り継がれている。

その後、友人とアルゼンチン対ルーマニアの試合を見に行ったんです。アメリカではまだサッカーは人気がなくて、チケットも買いやすくて。私の前の席にやたらと汗をかいているおじさんがいると思ったら、あのマラドーナさんでした。

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いいたか:
すごい!どれだけいい席で観戦していたんですか。

江藤:
帰国後、サッカー好きな妹とJリーグの試合を見に行くようになって。そこからどんどん、Jリーグ沼にハマっていきました(笑)。

いいたか:
そして、キャリアを重ねてサッカー業界に身を置くことになったのですね。

江藤:
はい。まずは栃木SCで4年間、マーケティング戦略部長としてマーケティング全般やデジタル化を進めていきました。その仕事がひと段落して新しいチャレンジをしたいと思っていた時、南葛SCのGM(ゼネラルマネージャー)の岩本義弘さんと話す機会があったんです。

「南葛SCはJリーグではできなかったことにもチャレンジできる」

彼の話で南葛SCに興味を持ち、ジョインすることに決めました。

いいたか:
なるほど。楠神さんは選手として南葛SCに移籍し、引退後はスタッフに専念しているのですよね。

楠神:
そうです。J1の清水エスパルスで2年ほどプレーした後、次のチームを探している時に岩本さんから声をかけられました。チームの持つポテンシャルや今後のビジョンなどが面白くて、2020年3月に選手兼社員として入団・入社しました。

入団当時、僕は32歳で選手寿命は残り少ないことを感じていました。南葛SCが提示した社員選手という立場は、次のキャリアについていろいろ勉強するのに絶好の機会だと思ったんです。

そこからは、朝から夕方まで株式会社南葛SCの社員として働き、夜は選手として練習するという毎日を送りました。2024年11月に現役を引退後は、J1の川崎フロンターレからジョインしてきた天野春果さんのもとで、プロモーション活動に従事しています。

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プロリーグと社会人リーグのクラブ・選手の違い

いいたか:
江藤さんはクラブスタッフとして、楠神さんは選手としてJリーグに所属していたわけですよね。Jリーグと社会人サッカークラブの南葛SCでは、どのような違いを感じていますか?

江藤:
一番の違いは、リーグ側からのサポートがあるかどうかです
Jリーグはマーケティング部分のサポートが非常に行き届いています。団体が契約しているチケッティングパートナーを活用するなど、どのチームも同じシステム基盤で集客することが多いんです。

便利である反面、独自性を発揮しづらいという側面もあります。放映権の縛りもあるため、試合の模様をYouTubやTikTokなどで自由に配信することはできません。良くも悪くも制約が多いというのが、Jリーグの特徴だと思います。

社会人クラブは逆に、リーグ側のサポート体制があまり強くない分、制約もなく自由度の高い施策を実施できます

いいたか:
楠神さんはいかがですか?

楠神:
別の仕事をしながらサッカーに取り組む選手がほとんどという点は、生活の100%をサッカーに注いできた人生の僕にとって衝撃的でした

サッカーが大事であることは変わらないけれど、仕事の時間も大事。両方をバランスよく考えなければいけないというのが、南葛SCに入団してからの一番の変化です。

ちなみに、僕の仕事内容にはスポンサー集めも含まれています。スポンサーを獲得する難しさを身を持って体験してからは、スポンサーのロゴが隠れるようなユニフォーム・練習着の着方はやめようと思いました。Jリーグ時代はそんなこと考えもしなかったので、今思うと申し訳なかったなと感じます(笑)。

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いいたか:
ここ数年、サッカー業界は地域リーグや都道府県リーグなど、社会人リーグの注目度が非常に高まっていますよね。

江藤:
社会人チームのフロントには、ビジネス系人材や若い世代がたくさん在籍しているんですよね。栃木SCにいた時から、各クラブが独自の色を発揮しながらプロモーション活動をしていて、面白いなと感じていました。

楠神:
サッカー選手は「試合に出られるかどうか」で人生が一変します
社会人リーグにも、優秀な選手がたくさんいますよね。彼らが試合で活躍して、プロリーグのスカウトの目に留まってJ1まで駆け上がっていくことも不可能ではありません。だからこそ、社会人リーグが盛り上がっていくのはすごくいいことだと思います。

いいたか:
独自の活動を続ける社会人リーグが、選手の活躍場所を広げてくれているのですね。

下町の人々に愛されるクラブになるために

いいたか:
南葛SCでは、サポーターとのオフラインイベントや来場促進の施策を積極的に行っていますよね。これまでどのような取り組みをしてきたのですか?

江藤:
そのお話をする前に、まずは組織の立ち位置について簡単に説明させてください。

南葛SCでは天野さんがプロモーション部、私がマーケティング部を管轄していて、天野さんはホームタウン活動に取り組んでいます。

プロモーション部は南葛SCのことを知らない人々、試合を見たことない人々に興味を持ってもらい、最初のタッチポイントを作ることが主な役割です。そして、一度来てくださった人々に対して再来場を促進することが、私たちマーケティング部の役割です

マーケティング部の活動は、正直に言うと昨年まで注力できていませんでした。私は運営部長も兼任していたので、試合運営にパワーを割いていたので。他のメンバーへ役割をバトンタッチできたので、今年から本格的に取り組み始めるところです。

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いいたか:
なるほど。プロモーション部では具体的にどのような活動をしているのですか?

楠神:
天野さんがジョインした昨年2月から、実験的にさまざまな取り組みをしています。

まずは、南葛SCというチーム名をもじった「南葛サウナクラブ(SC)」です。葛飾区には「サウナ&カプセルホテル レインボー新小岩店」という、サウナ好きの間でよく知られたお店があります。

ここに選手が訪問して、第2第4火曜日に※熱波をするんです。

※熱波(ねっぱ)
サウナ室内のサウナストーンに水をかけて発生した蒸気を、タオルなどで仰ぐことで発生する熱風のこと。熱波で体感温度が上昇し、発汗がさらに促される。

もう一つの南葛SC「南葛サウナクラブ」活動始動のお知らせ

他にも、移動動物園の「なんかつアニマルパーク“NANKA ZOO”」などを企画しました。
7/6 vs東京国際大学FC ホームゲームイベント開催のお知らせ | 南葛SCオフィシャルサイト 葛飾からJリーグへ!

江藤:
『キャプテン翼』というIPを強みとした企画も実施しています。昨年9月には『男はつらいよ』の主人公・寅さんとコラボした「なんかつ寅さんランド」を開催して、作者の高橋陽一先生のご協力のもとでオリジナルグッズも展開しました。
9/8 vs東邦チタニウム ホームゲームイベント「なんかつ寅さんランド」開催のお知らせ | 南葛SCオフィシャルサイト 葛飾からJリーグへ!

またパートナーの株式会社タカラトミー様とコラボして、「トランスフォーマー」とのコラボも実施しました。
【トランスフォーマーデー開催!】9/22 vsエリース東京FC ホームゲームイベント | 南葛SCオフィシャルサイト 葛飾からJリーグへ!

今年2月には、亀有香取神社で選手や事業本部長に就任した岡野雅行さんが鬼に扮して豆まきをしました。この時は、クラブスタッフの中に美容系の専門学校で先生をしてるスペシャリストがいて、本格的なメイクで絵作りにもこだわったんですよね。おかげさまで、神社が満員になるほどのにぎわいになり、さまざまなメディアで取り上げられました。
葛飾区で「南葛SC」の選手ら豆まき 「野人」岡野さんが「青鬼姿」で登場

楠神:
今年も、ホームゲームでのイベントをどんどん展開する予定です。

5/4 vs 桐蔭横浜大学FCのホームゲームでは、葛飾区に昨年10月引っ越してきた相撲部屋・大島部屋とコラボした、「なんかつスモーカーニバル-Sumo Caarnival-」を開催します。

また、葛飾区で毎年開催される「葛飾モーターショー」でも、いくつかイベントを企画したいと思っています

例えば、デコトラパーツの日本シェア7割を占めているジェットイノウエ様とコラボして、スタジアムをデコトラで彩る「デコトリアルパレード」をやりたいなと。他にも、パートナーの石川生コン株式会社様のミキサー車で、巨大ガチャポンをするイベントも予定しています。

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いいたか:
ユニークな企画ばかりですね。

楠神:
「サッカーはよく知らないけれど、南葛SCというクラブが面白いことをしているから試合を見に行ってみよう」と思ってもらう。これが、プロモーション部のやりたいことです。

企画を考える時には、天野さんが提唱した「楽しい」「面白い」「温かい」「近い」という4つの要素を大切にしています。これらを満たしつつ、そこに「社会性」という要素をプラスして、葛飾という地域でやる意義を考え企画を練っていくんです。

南葛SCはまだ、葛飾区の誰もが知っている存在ではありません。プロモーション活動を通じて、下町の人情あふれる人々に受け入れてもらう存在になることは、僕達にとって何より大事なことだと思っています。

企画だけでなく、「このエリアは〇〇さん」とエリアごとに担当選手を固定しています。同じ選手が何度も顔を出すことで、地域に愛される存在になってほしいんです。

いいたか:
ルート営業と近い発想ですね。

楠神:
また、個人を応援できる制度として「個人スポンサー」という仕組みも用意しています。個人スポンサーになっていただくと、練習着にその人や団体の名前を入れるんです。

いいたか:
自分を応援してくれる方々の名前が入った練習着か。とても素敵ですね。

楠神:
それを着て練習する以上、袖をめくって名前を隠すなんてことはできなくなるわけです(笑)。

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選手のセカンドキャリアを応援できるクラブでありたい

いいたか:
江藤さんはXなどで、南葛SCに所属する選手たちへの教育について投稿していますよね。
https://x.com/etomiho/status/1765266810205802639

こうした取り組みの背景には、どのような想いがあるのでしょうか?

江藤:
南葛SCの選手は、ほぼ9割が「選手社員」としてさまざまな仕事に従事しています。

私がこのクラブに入社して一番の衝撃は、毎年ものすごい数の選手が引退するということでした
Jリーグの場合、所属するクラブから離れても別のクラブに入団するケースは珍しくありません。しかし社会人クラブの場合、今いるクラブが最後のクラブであり、契約満了後はサッカーを辞める選択をする選手が非常に多い。年齢に関係なく、この傾向が見られました。

そんな選手がスムーズにセカンドキャリアへ移行できるよう、社会人としてのスキルをある程度身につけられる環境を提供しなければいけないと考えたんです

教えている内容は、ビジネスメールの送り方や電話対応、ビジネスチャットツールの使い方など些細なものばかりです。それでも、これらを知っているか知らないかで、その後の社会人人生は大きく変わると思います。

選手の教育には、パートナー様にも協力してもらっているんです

例えば株式会社SEプラス様は、ITリテラシーを高める動画研修を提供してもらったり、講師の先生に名刺の渡し方、ビジネスマナー、資産運用の講座を開催してもらったりしています。エール株式会社様には、オンラインの1on1ミーティングで今後のキャリアについて相談できる場を設けてもらっています。

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いいたか:
選手としての人生を終えた先を見据えて活動しているのですね。

江藤:
また、これまで会社員としての評価はあいまいになっていたのを見直して、今シーズンから定量的な評価制度も設けました

南葛SCに入社する選手は、ほとんどが「ここが初めての会社」です。それなのに、会社員としての評価をあいまいにして甘やかしてしまうと、今後の将来によくないと考えました。

評価項目は、「Slackでスタンプを押したら1ポイント」「動画教材を30本見たら1ポイント」など誰でもできることからスタートして、徐々に難易度を高めています。いずれも、日々の活動の“プロセス”を評価しているのが特徴です。

いいたか:
サッカー選手は基本的に結果で評価をされるため、意外とプロセスに重きを置いてない気がします。仕事ではどのようなプロセスを踏むかが重要なので、この評価制度はとても良いですね。

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江藤:
評価項目はランキングにまとめて選手たちに公開しています。彼らは競争が当たり前の世界に生きているので、「あいつに負けた!悔しい」という意識が働きやすいのかもしれません。その特性を生かしつつ、社会人として何をすべきなのかをしっかり明示することを大切にしています。

楠神:
評価制度によって、誰がどれだけ仕事を頑張っているかが鮮明になりました。これまで社員としてどれだけ頑張っているかが不透明だったので、絶対に続けるべき取り組みだと思います。

あまり行動できていない選手は、全体会議で気まずそうにしていますが(笑)。

葛飾の人々に支えられながら世界へ飛び出していく

いいたか:
2人は今後、南葛SCをどのように成長させていきたいですか?

楠神:
僕は5年前の2020年、南葛SCを世界で戦えるようなクラブにしたいと思い入団しました。あれから、都内23区で初めての専用スタジアムができるなど、さまざまな変化が起きています。

今後、南葛SCがJリーグに昇格した時、地元の人たちの心が離れてしまうことだけは絶対に避けなくてはいけません。一番大切なのは、葛飾区や東東京の人々に南葛SCを愛してもらうこと、僕達がどのカテゴリーで戦っていても応援してもらえるようなクラブになることです。

地域の人々に支えられながら世界へ飛び出していく。これが僕の思い描いている「世界と戦える南葛SCの未来像」であり、そのための基盤づくりを進めていきたいです。

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江藤:
私にとって、南葛SCは夢が詰まっているクラブです

葛飾からJリーグを経て、最終的にアジアを代表するクラブとして世界にその名を轟かせる。それができるポテンシャルがそろっているクラブだと思っています。

上のカテゴリーへ行けば行くほど、『キャプテン翼』という世界的な知名度を持つIPがさらに輝きを増すでしょう。まだまだ道半ばですが、考えれば考えるほど夢が広がります。

また私個人としては、組織づくりやビジネス面での選手の育成・教育を通じて、南葛SCを「このクラブに入ってよかった」と思える場所にしたいです。たとえこのクラブが通過点で、一時的に関わった選手であったとしても。

サッカー選手の生き方はとても刹那的で、たった1年でもクラブを離れることはよくあります。そんな選手たちが、クラブを離れたりサッカーをやめたりした後も、南葛SCを好きでいてくれるような会社にしていきたいですね。

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飯髙悠太(いいたかゆうた)
ライター:飯髙悠太(いいたかゆうた)
株式会社GiftX Co-Founder
@yutaiitaka
2022年7月に「ひとの温かみを宿した進化を。」をテーマに株式会社GiftX共同創業。
自著は「僕らはSNSでモノを買う」、「BtoBマーケティングの基礎知識」、「アスリートのためのソーシャルメディア活用術」。
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